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ノラさん

10 29 *2020 | 未分類

またTwitterで書きました。めちゃくちゃスランプ中です。
短い話にしたかったのに(これも短いが)新書メーカーで8枚になりました。
28歳OLが、謎の青年を拾う話です。めちゃくちゃ捏造しています。スランプの割にはこじんまりとまとまりました。
相手がJKじゃないので、禁断感なく普通に営みがあります。いちおうはぴえんです。


『ノラさん』

 わたしはその人のことを『ノラさん』と呼んでいた。ある日、不意に現れたかと思うと、すっとわたしの日々になじんだ。静かな野良猫のような人だった。名前を聞いても、ちゃんと答えなかった。だから、わたしがすこしふざけて『ノラさん』と呼ぶと、ちょっと嬉しそうにして「いいですね、それ」と言ったから、彼はその日から『ノラさん』になった。

 ノラさんと出会ったのは、雨の日だった。傘もささず、森林公園のほど近くのマンションの茂みにしゃがみこんで、なにかを探しているようだった。
 足元は、破れそうなサンダルに素足だった。おそらく、天然パーマであろう髪の毛は肩にすこしついていて、長らくカットはしていないようだった。普段なら近寄りもしない、いかにも『現代風ヒッピー』な風態の彼に声をかけたのはどうしてだろう。たぶん、白い麻のシャツが清潔だったからだ。まるでそこだけ王子様のようで、わたしは、小学生の頃の学芸会のクラス演目で演じた『王子とこじき』の『王子』をふと、思い出していたのだった。

 雨の中、彼が救い出した白い小さな子猫は、彼が抱き上げたのを見計らったかのようなタイミングで飼い主の女の子と母親が現れて、無事に引き取られて行った。「よかったですね」とわたしが言うと、彼は心底に安心したような笑顔で「うん、よかった」と言った。
「あと、傘もありがとう」
 そうなのだ。ずぶ濡れのままでしゃがみこんだ彼を放ってはおけず、今更だとは思ったが、わたしはそのさなか、彼に傘を差しかけていたのだった。
「じゃあ」
 と、立ち去ろうとする彼を、思わず呼び止めたことに、自分自身でも驚いた。
「あの、わたしの部屋、このすぐ先なんですけど、ちょっと温まって行きませんか?」
 五月の雨は冷たかった。純粋に、風邪でも引くと大変だと思ったのだ。
 彼は、じっとわたしの目を見つめた。深い緑の色がひとすじのさざなみすらたてず、無機にわたしを射抜く。
 その間は、たぶん一秒にも満たなかっただろう。でもその短い間に、わたしは死ぬほど後悔した。
 まるで、こちらが誘っているようではないか。傘を差しかけている間に気がついていた。彼はとても端正な顔をしている。手足も長く、見目はとても良かった。
 いろんな女の人から、色のある視線で誘われることも多いだろう。そのうちの一人に思われたのではないか。
 恥ずかしい。その気持ちに囚われて、下を向いた時、彼は言ったのだ。
「ありがとう。僕には家がないから、助かります」

 ……家がない? 彼のために湯を張る間、すこし考えた。でも意味がわからなかった。ホームレスということだろうか。たしかに、一部風態から察するに、そう思える部分もある。しかし、家までのほんの数百メートル、少し離れて歩いてわかった。彼はとても慎重で、そして奥ゆかしい青年だ。べつになにを話したわけでもない。しかし、その振る舞いや足音の静かさで、彼の生き方を垣間見ることができたような気がしたのだ。

「着替えとタオルはここに置いておきます。その、さすがに下着はないので買ってきますね」
 戸の外から言うと、遠慮するふうでもなく「ありがとうございます」と彼は答えた。
 昔の彼氏のジャージを処分していなくてよかった、と思った。はじめはわずかな未練から残していたのだけど、いつしか存在すら忘れていたものだった。
 いつまでも少女のような気持ちでいたけれど、わたしはいつのまにか、男物の下着を選ぶことも普通にできるし、そして男の人のだいたいのサイズもなんとなくわかる年齢になっていた。
 いわば、おとなだ。そのおとなのわたしが、いったいなにをやっているんだろう。そう思いながらも、コンビニで、下着を二セットと、六個入りの卵を買った。オムライスなら、この卵さえあれば、他はありあわせのものでできる。それからカットサラダを買って、コンソメスープのためのベーコンも買った。

 ご飯を食べ終え、一LDKの部屋の床に客用布団を敷くと、彼はあたりまえのようにそこにもぐりこんで、即座にすやすやと寝息をたてはじめた。
 万が一、なにかあってはと意識して、ほんの少しだけいい下着をつけた自分が馬鹿みたいだと思った。
「ノラさん、か」
 変なことになったな、と思う。あんのじょう、洗うとピカピカの王子様みたいになったノラさん。カーテン越しに差し込む街灯の薄い灯りが、部屋干しした麻のシャツを青く浮かび上がらせる。仕立てのよいシャツだった。年齢を聞いても、答えなかった。年上なんだろうか、それとも、下なんだろうか。持ち物はなにもない。ズボンの後ろポケットに、無造作に三万円と、少し小銭が入っているだけだった。
 謎の「ノラさん」。
 彼の規則正しい健やかな寝息を聞くうちに、わたしもいつのまにか、安らかな眠りに落ちていった。

 そうして居ついたノラさんとの暮らしは、静かだった。そして、楽しい。ノラさんはおしゃべりではないけれど、話すとわりとなんでも知っていた。『わりと』というのは、彼は、不思議なくらい日常生活のことを知らなかったのだ。難しい宇宙のことや、政治のしくみ、外国の文学の話は知っているくせに、自転車の乗り方や、自動販売機の使い方を知らなかった。あと、少女たちが空き地で遊ぶゴム跳びも知らなかったし、川原でプレイする草野球もはじめて見たようだった。新しいことを発見するたび、ノラさんは子どものように目を輝かせた。
 あの頃、わたしばかりが話していた気がする。ノラさんはなにも自分のことは話さなかった。だけど、テレビを見ている時、不意に険しい顔をすることがあった。それは、遠いアメリカの、重たげなニュースをやっている時だ。そんなとき、わたしはノラさんの好きな野球中継に合わせる。彼自身は、特別に野球を好きなわけではないと言っていたけれど、そのわりには楽しげに見ていた。
 夏の夜は、長く、優しい。
 蒸し暑さが頂点に達したある日、わたしは女であるというだけで、会社で理不尽な差別に遭った。これまで頑張ってきた企画を上司が「これ以上はこちらで」とわたしから簡単に取り上げて、男の同僚に渡してしまったのだ。この先は責任が増すから、という話で、同僚は軽く「悪いな」と言ったきりだった。悔しくてたまらなかった。だけど、上司の命令には逆らえなかった。泣けばますます女であることが不利になるから、そこでは堪えた。
 その後の残務でも、電車の中でも泣くのを我慢した。家に帰ると、ノラさんがいた。呑気に「おかえり」と微笑むノラさんの顔を見た途端、泣き崩れた。
 ノラさんは、困ったような顔をして、わたしをそっと抱き寄せて、ゆっくりと頭のてっぺんを撫でてくれた。
 恋人でもない、肉親でもない人の大きな手のひらは、驚くほどに心地よくて、わたしはその腕の中で存分に泣いた。
 わたしが「もうとうぶん残業はないよ」と言うとノラさんは「そうですか」と、抑揚なく言った。それがあまりに彼らしくて、ますます泣けた。
 その夜、わたしははじめて、ノラさんの手によって開かれた。いいかげん、もうなにもないだろうと気を抜いて普段通りの下着でいたから、不意を突かれたようなかっこうだ。だけど、考えてみれば、時々ノラさんは、洗濯をして待ってくれていることもあったので、いまさら、そんなことは関係なかった。
 昼間は、女であることをあれだけ呪ったのに、その時、わたしははじめて、自分が女であることをからだの奥から享受した。
 ノラさんは、びっくりするくらい、うまかった。ほんとうにびっくりしすぎて、いろんな意味で腰が抜けそうだった。
 そして、仕立てのよいシャツの意味も、他は不器用なのに、すこしだけ手際の良い洗濯の仕方の理由も、わかった。
 彼は、こういう暮らしがはじめてではないのだ。

 ノラさんと暮らしはじめて、三ヶ月が経っていた。わたしたちにセックスが加わっても、べつになにも変わらなかった。
 ノラさんは、ほんとうにいろんな意味でうまかった。この暮らしに恋愛感情が入り込むと、複雑になることを知っていたのだろう。ノラさんのみごとな『躱し術』のおかげで、わたしがノラさんを恋愛対象に見ることはなかった。
 朝ご飯を食べて、仕事に出かけて、帰ってくると晩ご飯にして、たまに野球中継を見て、週末には一本ずつ、三五〇ミリリットルのビールを飲んだ。
 週に一度か二度、セックスをした。たぶん、ノラさんにしてみると家賃がわりのようなものだったのだろう。わたしばかりが、良かった。

 秋の気配を感じたある日、わたしはノラさんのために厚みのあるコットンのシャツと、ウールのカーディガンを買った。麻のシャツ一枚では寒い季節になりつつあった。
 なにに張り合ったわけでもないけれど、デパートでわりと良い金額を出した。
 またアメリカの経済のニュースを見て、ノラさんが眉間にシワをよせる。野球中継はもうやっていなかった。

 その日、家に帰るとノラさんはいなかった。なんとなく、予想はついていた。テーブルの上に、丁寧に畳まれたウールのカーディガンが置かれていた。さらにその上に、合鍵と、なぜか五万円。
 ノラさんはここにきて、時々自分の小遣いからビールを買ったり、本を買ったりしていた。もちろん、働いている気配はなかった。なのに、どうして三万円が五万円に増えているんだろう。
 へんな人だったな、そう思った。
 
 昨夜わたしは、ノラさんとセックスをした。いつも通り、わたしばかりが良かった。薄目をあけてこっそり観察していたら、さすがのノラさんも、射精のときばかりはちょっと気持ちよさそうにしていた。それを可愛いと思ったのだ。
 可愛いと思ったから、終わったあと、肩で息をしているノラさんのことを抱きしめて、軽く鼻の頭にキスをした。こんなことを平気でする関係ながら、わたしたちはいまだくちびるを合わせたことはなかった。だから、そこはちょっとだけ遠慮したのだ。
 ノラさんは、穏やかな野良猫のようにされるがままにしていた。
「髪の毛、また切らなきゃね」
 ノラさんの柔らかくてふわふわの髪の毛の中に指を差し込んで、言った。これまでの暮らしの中で二回、わたしがノラさんの髪の毛を短く切ったのだ。
「うん」
 ノラさんは素直にうなずいた。
 さあ寝ようか、となったとき、ノラさんが言った。
「今日はこっちで寝ますか?」
 何度もセックスはした。それはわたしのベッドでだったり、ノラさんのお布団でだったりした。でも終わった後は、それぞれの場所に戻り、離れて寝た。ノラさんと一緒の寝具で眠るのははじめてだった。
 わたしは、動揺した。そして、ちょっと逡巡して、結局ノラさんの誘いを受けた。
 ノラさんは、わたしを抱き寄せるでもなく、すぐに寝息をたてはじめて、わたしとしては同じ布団で寝た意味はないような気がした。
 ノラさんは、その翌日、消えた。

 あれからしばらくして、わたしは、人生で一度きりの本気の恋をした。ノラさんとのことなんて宇宙の果てにふっとぶくらいの、とびきり幸せな恋をしたのだ。
 その恋が実り、結婚式を明日に控えた夜、わたしは久しぶりにノラさんのことを思い出した。そして、願わくば、ノラさんも幸せになっていますように、と祈った。
 温かいご飯を食べて、ふかふかの布団で寝て、そして、誰かと抱きしめ合って、慈しみあうように生きていますように。その傍らには、子猫でもいるといいと思う。
 思えばあの夜、わたしは一瞬だけ、ノラさんに恋をしたんだと思う。そして、うぬぼれじゃないなら、ノラさんもわたしにほんの数ミリ程度、恋をしかけたんじゃないだろうか。そして、彼は面倒が怖くて、逃げ出したのだ。そんな暮らしを繰り返しては、白いシャツを着替えてきたのだろう。
 なんて、ずるい人。そして、優しかった人。
 そうだ、もう一つ、祈っておこう。
 どうか、彼がどうしようもなく、面倒な恋に落ちますように! そして面倒でもその恋から逃げ出すことができないほどに深く、深く、愛し愛されますように!
 白の麻のシャツは、昨日捨てた。
 さようなら、ノラさん。優しくて、かなりヘタレな、野良猫の王子さま。たとえいつしか完全にあなたを忘れても、あなたの幸せだけは、ずっと、ずっと願っているから。あなたもわたしを忘れているだろうけど、いつまでもわたしの幸せを願っていて。

22:43

happy birthday to everyone

10 11 *2020 | 未分類

ツイッターに投稿しました。
自分の誕生日に自分のテキスト書くという狂気……☺️


*****


 今日は、別になんでもない日曜日だ。朝起きて、昼過ぎまでパジャマでいて、台所にあった食パンを、何もつけずにそのまま食べて、それから一人でTSUTAYAに行って新刊の漫画を買った。
 なんでもない日曜日だけど、スタバでチョコレートマロンラテを頼む。
 頬杖ついて、ぼんやりと外を眺める。秋の気配が町の色を深い紫に染めて、なんだか急に人恋しいような気持ちになる。うわ、まったくわたしのガラじゃなくない?
 あーあ、放課後、若ちゃんとビーカーコーヒーとかしちゃうあの子はもしかして今頃その若ちゃんとデートとか?
 往来を行き交う人の中に、そんな二人とか見かけたら落ち込んじゃうよね。
 わたしの恋は、夏休みに終わった。がらんとした校舎の端っこで、あのふたりが、頬を寄せ合って内緒の話をしてるのを見かけたのだ。
 若ちゃんのこと、けっこう好きだったけど、あれを見た瞬間、もうぜったいどうしたって無理だと思った。
 なんなら、その夜ちょっと泣いた。ムカついて、教頭に告げ口しようかとも思ったけど、わたしが見たのはただふたりがひそやかに笑いあっているだけのシーンだったので、誰になにをどう説明したって『それがなにか?』っていう話だ。
 というか、そもそも、告げ口なんかするわけない。冗談だ。
 でも、悲しかったのは本当。わたしはわりと……ちがうな、けっこうガチで若ちゃんのこと、好きだった。
 こんなわたしにだってわけへだてなく接してくれたし、学年が上がってクラスが変わっても、廊下ですれ違うたび『元気にしてますか?』って声をかけてくれた。二年になってはじめての中間考査では、なんの偶然か、一年の時より二〇番くらい順位を上げた。すると、若ちゃんがどこからともなくスッと現れて『先生、君の今の担任の先生に、ちょっとジェラシーです』なんて、嬉しそうに言ってくれたっけ。
 そんなの、絶対好きになるじゃん。なるに決まってる。好きだよ。大好きだけど、もう、たぶん、ぜったい、確実に無理。
 なんとなくの勘だけど、あのふたりは別に付き合ってないと思う。
 それなのに、誰にでも見られるような場所で安心したように微笑んで、心の底から幸せそうにしてるなんて、ダメじゃん。勝ち目ないってわかるじゃん。好きだったからわかるよ。どうでもよかったら、若ちゃん、むしろたぶんもっと慎重になる人だと思う。見てたもん。若ちゃんのこと、ずっと見てたもん。
 冷めたマロンラテをくっと一気に飲み干して、店を出る。
 ひゅうと吹く秋風が寂しい。帰ろ……。そんで、帰ったらいっぱい勉強して、成績をあげて、今度の考査でまた若ちゃんに声をかけてもらおう。わたし、もう、それでいいんだ。
 店の前の短い石段を降りて、路地へと踏み出す。そのときのことだった。
「やや、こんなところで! 偶然ですね」
 あわてて振り向くと、両手いっぱいに猫砂を抱えた若ちゃんが、わたしを見て目を丸くしてる。
「わ、若ちゃん、なにしてるんですか?」
 デートは? という声をぐっと飲み込んだ。
「先生、今日は買い出しです。君は?」
「わたしは、えっと、わたしも買い出し」
「ですよね。日曜日は、こうでなくちゃ」
 屈託なく微笑む元担任の姿を見て、ああ、この人には裏も表もないのだ、と不意に思った。たぶん、あの子とデートをしてる最中にこうしてわたしとバッタリ会っても「先生、今日はデートなんです」だなんて、ぬけぬけと言うのだろう。
 そう思ったら、ちょっと楽しくなった。好きになってよかったな、と思った。ありがとう若ちゃん。
「今日は、これからおうちでお祝い?」
「……え?」
「今日、お誕生日でしたよね。ハッピーバースデー。おめでとう。素敵な一年を過ごしてください」
 あなどりがたし、IQ二〇〇! もしかして生徒の誕生日、全員ぶん覚えてる!?
 でも、嬉しかった。若ちゃんから、言って欲しかった言葉だもん。この誕生日をわたし、一生忘れない。
 ありがとうございます、って笑って言う。ああ、わたし、きっと今年は違う誰かを好きになって、たぶんすごく幸せになるのかもしれない、若ちゃんなんかを好きでいつづけるより、ずっと、ずっと、幸せに。
 猫砂の向こうでわずかに滲む笑顔を見てると、根拠もなく、そんな風に思えてくるのだった。

23:39

あなたのせなかのポラリス

10 02 *2020 | 未分類

またついったーでかきました。
事後です。事後注!


 くたくたにしめったコットンシーツの中で、これまたくたくたにしめった先生とわたしは、つながりがとけてもしばらくの間抱きしめあって、それからほどなくして、先生はお布団のまわりににちらばったあれこれを片付けはじめた。
 といっても、うつぶせに寝そべったままで、手に届く範囲のものだけを少し寄せる、といった程度のものなんだけど。
「あとですればいいのに」
 と、わたしが言うと、
「猫たちが帰ってきて、こういうもので遊びはじめると、なんだか気まずいじゃないですか?」
 と、先生は、小さな四角のアルミの抜け殻をつまんで言う。たしかに、四分の三ほど破り取られて反り返った部分なんて、まさに猫のかっこうのおもちゃだ。
「そうですけど……」
 わたしも手伝った方がいいんだろうか。でも、正直、疲れはてている。今日は先生がなんだかがんばってしまったせいで、なんとも気怠くてからだを起こすのも難儀だ。
 先生、えらいなぁ……。と、感心したのも束の間。先生は「やっぱり無理です」と言って、ぺたりとお布団に胸をつけて、うつぶせになってしまった。
 あ。先生の、背中。考えてみると、こんなふうにじっくり見るのははじめてかも。
 先生は、わたしのお腹も胸も、背中も、なにもかも、たぶん全部見たことがあると思うのだけど、わたしはいつも、先生の顔や、肩、腕くらいしか見ない。
 先生が、その『四角のそれ』をつけているときは「見ちゃダメです」と言われているからわたしはお布団にもぐって待っているだけだし、それに、はじまってしまっても、わたしはその間、ほとんど目を閉じているから、こうして先生をじっくりと見ることはほとんど、ないのだ。
「うう……。お水……」
 うつぶせのままへたりこんだ先生は、ちょっと可愛い。さっきまで、あんなにわたしを好き勝手、やさしく振り回していたのに、いまはまるで、無防備な少年のようだ。
 先生の背中にある、小さなほくろにすっと触れてみる。
 先生はなにも言わない。さらに、その左横。三センチのところにある少し大きめのほくろにむかって、すすす、と指の先を動かした。すると、先生は「ひゃっ」と小さな悲鳴をあげる。
 あかりさん、くすぐったいです、と情けない声で呼ばれて、それがなんだかおかしくて、さらに、上のほうにある、うなじの下のあたりにあるほくろに、つつつ、と指をはわせてみる。
「ん、……っ」
 頼りない、と、色っぽい、の間の声で、先生がためいきをつく。おもしろくて、そして、新鮮だ。
 わたしは、うなじのほくろにひとさし指の先を当てたままで言う。
「あのね、これがポラリスです」
「ポラリス? 北極星?」
「うん。先生のいちばん高いところにあるほくろだから」
「そうか、なるほど。さっきから、ほくろを辿ってるの?」
「はい、そうです」
「あかりさん、楽しい?」
 不思議そうに聞かれて、「楽しいです」と答える。
「じゃ、好きにしていいよ。くすぐったいけど、我慢します」
 くっくっ、と喉を鳴らして、先生が笑う。
 なんだか不意に、幸せすぎて泣きそうになる。
 こんなに無防備にわたしに背中を見せていいの? わたしをそんなに、信用してくれていいの? こんなに近くに置いてくれて、ほんとうに、わたしでいいの?
 ほくろを追う振りをして、そっと指先で、先生の背中に文字を書いた。
『だいすき』
 ありがとう、僕もです、もうこっちにおいで、って、ようやく半分からだを起こしてわたしのために片手を伸ばし、でもとろとろと眠そうに、だけど、この世でいちばん優しい声色で先生が言うから、わたしはやっぱり、泣きそうになる。

20:19

Twitterに投稿したものをこっちにもメモすることにしました。

10 01 *2020 | 未分類

 
 今日は、放課後デートの約束の日。調理実習で作ったクッキーは、コーヒーに合うようにお砂糖を控えめにして、すこしジンジャーも入れてみた。クラスメイトたちには大好評だったし、我ながら、けっこううまくできたと思う。
 一刻も早く、おとなの恋人に食べてもらいたくて、そして、ほめてほしくて、わたしの足は知らず知らずのうちに、小走りになる。
「貴文くん!」
 恋人の名を呼びながら、化学準備室の扉をあける。
 するとそこには、貴文くんだけじゃなくて、天敵、いや、『親友』の瑛くんも、いた。

「おっまえなぁ!」
 うわ、やだ。さっそく『お父さんの説教モード』に入ってる。
「もう。瑛くん、貴文くんになにか質問があって来てるんでしょ。わたしのことはいいから、自分のことに集中してよ」
 うんざり顔で横を向けば、「ちゃんとこっち向け!」と厳しい口調で言われた。
「俺だったからよかったようなものの、ほかの奴だったら、おまえのはね学人生終わってるぞ。つか、若王子先生の教師生命も終わりだ!」
「だってぇ、貴文くん、一人だと思ったんだもん」
「その『貴文くん』ていうのをやめろって言ってるんだ! 先生も先生ですよ。こいつにこんなふうに呼ばせてていいんですか? やめさせたほうがいいですよ」
 佐伯くんの魂の訴えに、当の貴文くんはと言えば、「え? どうして? 可愛いじゃないですか」と、にこにこしている。
「!! バカップルか!」
 しんそこあきれたように吐き捨てて、瑛くんは、わたしが持ってきたジンジャークッキーに手を伸ばす。
「だめ! それは貴文くんに持ってきたの!」
「いいだろ、一枚くらい。珊瑚礁のバイトとしてふさわしいかどうかのテストだ、テスト」
 そう言って、ぞんざいに口に入れる。すると、瑛くんは目を見開いた。
「これ。ほんとにおまえが作ったのか?」
「そうだよ。なにか文句ある?」
「いや、うまい。ジンジャーが効いてるから、素材の甘味が引き立つ。腕をあげたな」
「そ、そうかな。えへへ。愛の力かな。……イタっ!!」
「調子乗るな」の声とともに、すかさず、チョップがとんできた。

「もう。瑛くんったら、なんなの!」
 小皿にクッキーを取り分けながら文句を言うと、コーヒーを手にした貴文くんが「でも、君が約束の時間より十分も早く来るからでしょう」と、ちょっぴり楽しそうに言う。
「だって。貴文くんに早くクッキー食べてもらいたかったんだもん」
「ふむ。なるほど。もしかして、僕のせいだった?」
「ちがいます。わたしが、貴文くんに早く会いたかったんです」
 わたしが言うと貴文くんは、満足そうに微笑んだ。
「うん。ありがとう。ところで、佐伯くんにも指摘されたし、その『貴文くん』っていうの、やめてみますか?」
「えっ……。だって、これは、貴文くんが……」
 そうなのだ、これはそもそも、わたしが瑛くんのことを『瑛くん』と呼んでいるのを見て羨ましがった貴文くんが、自分のことも名前で呼んでほしいと言いはじめたのがきっかけなのだ。
「僕がお願いしたから? 君に無理させているようだったら、やっぱりやめたほうがいい」
 そう言って、貴文くんは机にコーヒーを置いて眉間に小さくしわを寄せる。
 無理なんてしていない。たしかにはじめは恥ずかしかったけれど、いまはもう慣れた。それに、『若王子先生』だなんて、他の女の子たちとおなじ呼び方になるのは、なんだか恋人としては切ない。たかが、呼び方。されど、呼び方。
「あの、わたし、これからはちゃんと気をつけます。だから、その、これからもふたりきりのときは『貴文くん』って、呼びたいです」
 わたしが言うと、貴文くんはやさしく微笑んだ。
「うん。気をつけてね。ここに来るのは、佐伯君だけとは限らないから」
 そう言って、貴文くんはわたしを軽く、抱き寄せた。
「佐伯君はひどいことをするね。こんなに可愛い君の頭にチョップをするなんて。痛かったでしょう? 女の子に暴力を振るうなんて、佐伯君はいけない人ですね。僕ならそんなこと、ぜったいにしません」
 甘い声音で言われて、チョップが落ちた場所にくちびるを押しつけられたそのときだった。
「お、ま、え、ら!!」
 声のほうを向くと、忘れ物を取りに来たらしい瑛くんが、扉の向こうでぶるぶると肩を震わせていた。
 わたしと貴文くんは、おもわず顔を見合わせた。
「君のお父さん、怒ってますね。覚悟しますか」
 そう言った貴文くんの顔がとても情けなげに見えて、おとなの恋人のそんな姿に、わたしは思わず噴き出しそうになる。
「大丈夫です。わたし、こうみえてもいざとなると瑛くんには強いんです」
 そう言って瑛くんの向かいに立つと、わたしは軽く小首をかしげる。
「瑛くん、ほんとうにごめんなさい……」
 こうやってあやまると、なぜか瑛くんはいつもわたしになにも言えなくなるのだ。案の定、今日もくやしげに、くちびるを噛みしめている。
 すると、どうしてだろう。なぜか、貴文くんが瑛くんにあやまりはじめた。
「佐伯君、いつもこんなことされてるんですか? だとしたら、すみません」
「ねぇ、貴文くん、どうして貴文くんが瑛くんにあやまるの?」
「どうしてって。そうだ。やっぱり、『貴文くん』はやめておきましょうか? 今のを僕にやられると、理性を保つ自信がないです。佐伯君はすごいですねぇ」
「どういうこと? ねぇ、貴文くん、全然意味がわからないです」
「知りたい? そうしたらもう、僕のことを『貴文くん』なんて、呼べなくなるかもしれないよ?」
「ますますわからないです。これからも貴文くんのことは貴文くんって呼びたいです」
「そんなこと言わないで。ほら、まだ佐伯君がいるよ。ダメですってば」
 しばらくわたしたちの問答をぼんやりと眺めていた瑛くんだったけれど、自分の名前を出されたことに反応したのだろう、急に我に返って、「バカップルめ!」と吐き捨てるように言う。
「あ、佐伯君、帰るなら扉は閉めておいてくださいね。別に見ててもいいけど。あ、冗談ですよ」
 貴文くんが全部を言い終わらないうちに、扉は大きな音を立てて閉まった。瑛くんにしてはめずらしく、ばたばたと大きな足音を立てて去ってゆく。
「なんなんだろ、へんな瑛くん」
「君にはわからなくていいんですよ。彼は僕らにとってのジンジャーです。いいから、おいで」
「?」
 そう言われて抱き寄せられて、もう目を閉じて、だなんて囁かれる。
 よくわからないけれど、貴文くんのキスはいつも優しい。でも、今日のキスは、とびきり甘い気がする。
「貴文くん、好き」
 くちびるをあわせたままでつぶやくと、返事の代わりなのだろうか、舌の先を三回、軽く噛まれた。

19:36

5度見したんですがまさか去年から来てませんか?

02 26 *2020 | 未分類

だとしたら本当にご無沙汰しておりましてすみません。
日々、先生にときめいて生きてます。

ここ誰かみてるのかなー。はは。

02:10

若王子先生お誕生日おめでとうございます2019

09 04 *2019 | 未分類

若王子先生おめでとうございます^^
今年もおなじ気持ちでお祝いできてうれしい。

来年もまた来ます。

21:37

つばめさんマステ

05 10 *2019 | 未分類

ファイル 676-1.jpegファイル 676-2.jpeg

かわいいので記録。

うちにいま、リアル親ツバメが巣をかけています。
かわいい……。
でも汚すからいやだわー。
うちにかけてくれるのはいいんだけど、きれいにつかってよー。
敷金返さないよ???

13:35