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happy birthday to everyone

10 11 *2020 | 未分類

ツイッターに投稿しました。
自分の誕生日に自分のテキスト書くという狂気……☺️


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 今日は、別になんでもない日曜日だ。朝起きて、昼過ぎまでパジャマでいて、台所にあった食パンを、何もつけずにそのまま食べて、それから一人でTSUTAYAに行って新刊の漫画を買った。
 なんでもない日曜日だけど、スタバでチョコレートマロンラテを頼む。
 頬杖ついて、ぼんやりと外を眺める。秋の気配が町の色を深い紫に染めて、なんだか急に人恋しいような気持ちになる。うわ、まったくわたしのガラじゃなくない?
 あーあ、放課後、若ちゃんとビーカーコーヒーとかしちゃうあの子はもしかして今頃その若ちゃんとデートとか?
 往来を行き交う人の中に、そんな二人とか見かけたら落ち込んじゃうよね。
 わたしの恋は、夏休みに終わった。がらんとした校舎の端っこで、あのふたりが、頬を寄せ合って内緒の話をしてるのを見かけたのだ。
 若ちゃんのこと、けっこう好きだったけど、あれを見た瞬間、もうぜったいどうしたって無理だと思った。
 なんなら、その夜ちょっと泣いた。ムカついて、教頭に告げ口しようかとも思ったけど、わたしが見たのはただふたりがひそやかに笑いあっているだけのシーンだったので、誰になにをどう説明したって『それがなにか?』っていう話だ。
 というか、そもそも、告げ口なんかするわけない。冗談だ。
 でも、悲しかったのは本当。わたしはわりと……ちがうな、けっこうガチで若ちゃんのこと、好きだった。
 こんなわたしにだってわけへだてなく接してくれたし、学年が上がってクラスが変わっても、廊下ですれ違うたび『元気にしてますか?』って声をかけてくれた。二年になってはじめての中間考査では、なんの偶然か、一年の時より二〇番くらい順位を上げた。すると、若ちゃんがどこからともなくスッと現れて『先生、君の今の担任の先生に、ちょっとジェラシーです』なんて、嬉しそうに言ってくれたっけ。
 そんなの、絶対好きになるじゃん。なるに決まってる。好きだよ。大好きだけど、もう、たぶん、ぜったい、確実に無理。
 なんとなくの勘だけど、あのふたりは別に付き合ってないと思う。
 それなのに、誰にでも見られるような場所で安心したように微笑んで、心の底から幸せそうにしてるなんて、ダメじゃん。勝ち目ないってわかるじゃん。好きだったからわかるよ。どうでもよかったら、若ちゃん、むしろたぶんもっと慎重になる人だと思う。見てたもん。若ちゃんのこと、ずっと見てたもん。
 冷めたマロンラテをくっと一気に飲み干して、店を出る。
 ひゅうと吹く秋風が寂しい。帰ろ……。そんで、帰ったらいっぱい勉強して、成績をあげて、今度の考査でまた若ちゃんに声をかけてもらおう。わたし、もう、それでいいんだ。
 店の前の短い石段を降りて、路地へと踏み出す。そのときのことだった。
「やや、こんなところで! 偶然ですね」
 あわてて振り向くと、両手いっぱいに猫砂を抱えた若ちゃんが、わたしを見て目を丸くしてる。
「わ、若ちゃん、なにしてるんですか?」
 デートは? という声をぐっと飲み込んだ。
「先生、今日は買い出しです。君は?」
「わたしは、えっと、わたしも買い出し」
「ですよね。日曜日は、こうでなくちゃ」
 屈託なく微笑む元担任の姿を見て、ああ、この人には裏も表もないのだ、と不意に思った。たぶん、あの子とデートをしてる最中にこうしてわたしとバッタリ会っても「先生、今日はデートなんです」だなんて、ぬけぬけと言うのだろう。
 そう思ったら、ちょっと楽しくなった。好きになってよかったな、と思った。ありがとう若ちゃん。
「今日は、これからおうちでお祝い?」
「……え?」
「今日、お誕生日でしたよね。ハッピーバースデー。おめでとう。素敵な一年を過ごしてください」
 あなどりがたし、IQ二〇〇! もしかして生徒の誕生日、全員ぶん覚えてる!?
 でも、嬉しかった。若ちゃんから、言って欲しかった言葉だもん。この誕生日をわたし、一生忘れない。
 ありがとうございます、って笑って言う。ああ、わたし、きっと今年は違う誰かを好きになって、たぶんすごく幸せになるのかもしれない、若ちゃんなんかを好きでいつづけるより、ずっと、ずっと、幸せに。
 猫砂の向こうでわずかに滲む笑顔を見てると、根拠もなく、そんな風に思えてくるのだった。

23:39