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禁止をされていない子ども

11 28 *2009 | にちじょう::ほんやまんがのこと

ひさびさにまんがの語りでも^^

続き

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1~8までは、なにが好きかよくわからず、ただ、なんともいえず好ましく思ってよんでいた。事件のない日々。子どもの成長の日々。印象的なエピソードをいれてくる手腕はさすがだけれど、ドラマチックすぎないから、良い意味で、あとにひかない。
家族と友人の関係性やらプロフィールやらは、ストーリーの中でさりげなくあかされていく。たとえそれがどんなに変わってることだとしても、エピソードになりえずに、あくまで『主役はよつばの行動』におかれている。主軸がブレない。すごい。
描ける人は、描きすぎない、というのがものすごおおおおく、伝わってきてぶるぶるする。

そして、9巻で、きっかけもなく気づいた。

わたし、親にこう育てられたかったんだなあ、と。
基本、愛されて育たない子どもはいない(一部の例外を除き)。育て方に間違いはないだろうし、正解もないだろうけど、でも、子どものころに受けた『教育方針』に、いまだ、ひとつのかけらすら、不満をもたない人は少ないんじゃないかな、とおもう。それが大人になって、わずかにかすかに、気持ちの奥の奥のところに、ちょーーーっとだけ、引っかかっている人のほうが多いような気がする。
でも、きっと、よつばには、大人になってもそんな気持ちはかけらも残っていないだろうな。と、思わせられる。
普通の親だったら、『それはしちゃダメ』と言いそうなところを、とうちゃんはものすごくシンプルに流す(たとえば、やんだに対してのそっけない態度だとか)(言葉遣いだとか)。だけど、人からものをもらったときの『ありがとう』をうながしたり、ウソをついたことをいさめたり、そのあたりはきちんとしている。
とうちゃんは知っている。ほんとうに教えるべきことは、なんなのかを。すっごいけじめのつけかただ。それに気づいたとき、びっくりした。

しつけ、と、禁止はちがう。
よつばは、なにひとつ禁止されていない。だから、ものすごくキラキラしている。
今まで8巻まで読んでいて、『子どもってこうだよなあ、あずまきよひこ、こういうことによく気づくよな~』なんて感心しながら読んでいたけれど、それだけじゃないような気がしてきた。
『禁止されていない子どもの自由さ』を、創作しているから、こんなにも魅力的な動きをする子どもを表現できるんじゃないかな、と。
この、子どもらしいかわいらしさのほとんども、きっと、創造なんじゃないかな。
資料も、実話もあろうとはおもう。でも、なにより、この人の『創造するちから、想像するちから』が、よつばを動かしているような気がしてならない。だって、実際には、こんなふうに育てられる大人はいないし、そして、こんなふうに育つ子どももいない。いそうだけど、絶対、いない。

リアルに近すぎる、完全なるファンタジー。ファンタジーとはけっして、現実にありえない世界。だれも、物語に現実なんて求めていないから、物語はファンタジーであるべきだとおもう。だけど、物語が夢夢しすぎると、『リアリティがない』と見向きもされない、受け手側が贅沢になった時代。
『だれも、ファンタジーだと気づかないファンタジー』だから、『なんかよくわかんないけど、『よつばと!』が好き』って人が多いんだとおもう。

ぜったい一番にならないけど『いままで読んだ漫画で、なにがよかった?』ときかれて、ランダムにあげていくとき、この『よつばと!』は、4番目か5番目に名前があがる。それは順位じゃなくて、ふうっと思い出す、って感じ。順位にしてしまえば、よつばと! より、もっともっと好きな漫画がいっぱいある。
でも、『なにがよかった?』ときかれたとき、わりとすんなりと出てくる。

このまんががよめてよかったなあ、と、思った。『面白くない』と思う人はいても、『嫌い』って思う人はいないだろうなあ。もし、嫌いって思った人がいたら(すくなくとも5巻まで読んだうえで)どうしてそうおもったか、わたしに教えて欲しいです。
そんなかんじです。

11:47

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