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若王子先生と桜と鯛焼きの話し

04 07 *2014 | ときメモ::てのひら小話

桜といえば若王子先生とはぐれちゃうっていうアレなんですけどよくわかんなくなったよぉ……

この畳んである下のところは小話です。若王子先生と小波さんがデートにいってもだもだしてるかんじ。
 
 


続き


 
 
 


若王子先生と桜と鯛焼きの話し

 
 


「鯛焼き、まだあるよ?」
「先生、わたし、さすがにもうおなかいっぱいです」
まだ三つもある鯛焼きを見つめて、ため息をつく。先生、わたしのこと、なんだと思ってるんだろ……?

*******

春休みに若王子先生とふたりで、森林公園に桜を見に行った。
日曜日の森林公園は人が多くて、わたしは、誰か知り合いに見つかってしまわないだろうかとそわそわしていた。
こんな風にしっかり手を繋いでるところなんて、誰かに見られたらなんて言えばいいんだろう。そのとき、先生は、どうするつもりなんだろう。
「あれ、小波さん、静かになっちゃったね。もしかして、おなかすいちゃった?」
「え? は、はい」
そんな風にたずねられたから、思わずうなずいてしまったけれど、実際はおなかがすいているわけじゃない。わたしが不安な気持ちでいることを、先生に気づかれたくなかっただけだ。もし、気づかれたら、もう誘ってもらえないかもしれない。先生は、案外そういうところ、敏感だと思うから。
「鯛焼き、食べる?」
やさしく尋ねられて、またうなずいた。
「じゃあ、買ってくるから、少し、待ってて」
「あ、せん」
呼び止める間もなく、先生はわたしの手を解いて、するすると人ごみのなかに紛れ込んでしまった。
つかの間、一人になってわたしはほっと一息をついた。
でも同時に、大好きな人と二人で過ごしているのに、こんな気持ちになっている自分が悲しくて泣きたくなった。
声をかけられたのは、そんな時だった。
「ねぇ、カノジョ!」
顔をあげると、このあいだ、駅前でナンパをしてきた人だった。
二人して同時に「あ!」と声をあげた。
「あー、またまたカノジョじゃん! 俺たちウンメー? 今日はあのお兄さん、いないの?」
「いますよ。だからダメですよ?」
「でもひとりじゃーん」
「今はちょっと、買い物に行ってるんです」
「ダメだよぉ、こんなカワイイ彼女を一人にしてどっか行っちゃ。ね、そんなハクジョーなお兄さんなんてほっといて、俺と桜、見に行かない?」
「だめですってば」
「いいじゃんいいじゃん、俺なら君をひとりにしないし! ね、行こうよ!」
この間はすぐに先生が来てくれたおかげでわりとすんなり解放してくれた彼も、今日はなかなかしつこい。
「ごめんなさい、他あたってください」
「そんなこと、言わずにさ!」
手首をつかまれそうになって思わず身を引いたとたん、人の波に飲みこまれた。
あっという間に、流されていく。
「あ、ちょっと、カノジョ! どこ行くの!」
それはわたしが聞きたい。
「カーノジョー!! まーたねー!」
彼の声が遠くなる。
先生とも、遠くなる。

ようやく人波から抜けだせたのは公園のはずれについてからだった。桜はわたしを押しつぶしそうなくらい咲いているけれど、ひと気はない。不思議と静かな場所だった。
ここまで流されるうちにひとつ、わかったことがある。それは先生が今日に限って手を引いてくれていた理由だ。
先生といるときはどれだけ混雑していても、わたしは人に流されたりはしなかった。それは、先生がわたしのために道をつくって、導いてくれたからに他ならない。今日の先生は、保護者としてわたしを護ってくれていたのだ。
理由がわかってしまえば、意識するほどのことでもなくて、あんなに動揺していた自分が情けない。
なんとなく疲れてしまって、ぽつりと置いてある古ぼけたベンチに腰をおろした。
さて。これからどうするべきだろう。元の場所からはけっこう離れてしまっている。戻りたいけれど、あの人ごみの中を逆流できる自信は、ない。
先生にわたしの居場所を知らせようにも、わたしは先生の携帯電話の番号を知らない。そもそもわたしは、先生が携帯電話を持っているのかすらも知らない。
ほんとうは、そういうことも聞いてみたい。でも、わたしたちはもしかしたら、そういうのじゃないのも知れないから、怖くて聞けない。
わたしたちは、時々こうやって二人で出かける。
このことを、先生は「デート」って言う。でも、男女のデート、っていうのとはちょっと違う気がする。あくまで課外授業の延長線上のような、あいまいでふわふわとした一日。普通よりちょっとだけ仲がいい先生と生徒が、楽しく過ごすだけの一日。
ただ、それだけだ。わたしは先生を好きだけど、先生はわたしをどう思ってるかはわからない。
(わたしたちって、一体、なんなんだろう)
ため息をついて、空を見上げたら、視界が、ピンク色に染まった。
ふと、去年の夏を思い出した。はじめて先生と二人で出かけた日のことだ。あの日の先生はこんな色のシャツを着ていた。
先生だとは言え、家族以外の男のひとと二人きりになるのなんて、はじめてだった。
だからはじめは妙に緊張していたけれど、最後にははしゃいで笑って、一日があっと言う間に終わった。
あのときに先生に抱いていた感情は、ただ、ほのかな憧れだった。なのに、いつの間に、わたしはこんなところまで来てしまったんだろう。もう、どうしようもなく先生に恋をしている。後戻りなんてできないくらいに。

桜を見上げながら、しばらくぼんやりとしていた。
切ない気持ちばかりが募って、泣きそうになっていたけれど、そこはこらえた。
今日は、まだ泣かない。泣いてしまうわけにはいかない。
きっと、この先、先生に恋をしていく限り、わたしはきっともっと苦しくなるから、そのときに泣く。だって、先生と生徒だ。大人と、高校生。普通に考えて、叶いにくい恋だと思う。
手のひらに握った携帯電話は、ピンク色だ。今年のお正月に、お年玉で買い換えた。それまでは白の携帯を使っていたのだけれど、先生が好きな色だからこの色にした。われながら、涙ぐましいほどの乙女チックさだと思う。その携帯には着信が入らない。たぶん、もう、今日は会えない。
「よし、かえろ、かな」
声を出して立ち上がると、耳と鼻の奥がツンとした。
たった今、泣かないって決めたのにもうさっそく、泣きそうだ。
きっと次に先生と会えるのは始業式だ。でも、たぶん、もうわたしは先生のクラスにはなれないだろう。三年連続なんて奇跡はさすがに期待できない。
先生の生徒じゃなくなったわたしには、ふたりでこうして出かけるきっかけも理由もなくなって、わたしたちは自然に離れてしまうのだろう。もしかしたら、今日が二人で出かける最後の日なのかもしれない。
それなのに、こんなことになっているなんて。
うつむいたら、少し大人びた、ヒールの靴の先が目に入った。
先生から電話をもらったのは、先週の水曜日だった。それからは今日のことで頭がいっぱいになった。どんな服を着ようかものすごく迷った。先生は、わたしが大人っぽい服を着ると喜んでくれるから、少し光沢のある上品なワンピースを選んだ。そして、それに合わせてこの靴にした。背の高い先生に少しでも近づきたくて、ヒールのある靴にしたのに。
今日、わたしがここにこの姿でいるのは、ぜんぶ、ぜんぶ、先生のためなのに。
「台無しに、なっちゃったな」
「まだ、間に合うよ」
「……へ!?」
とつぜん聞こえた先生の声に、目をしろくろさせていると、大きな桜の気の影から、茶色の紙袋を持った先生が現れた。
「ほら、まだ少しはあったかいから大丈夫です」
「あの、なにが」
「鯛焼きに決まってるでしょう」
「……」
何ごともなかったかのようににこにこと微笑む先生を見ていると、なんだか、力が抜けて行く。
「せん、せい……」
どうしてここがわかったの、とか、電話くれたらよかったのに、とか、言いたいことはたくさんあるのに、声が出ない。
「つぶあんでいい?」
あまりにも普通に、のんびりと言いながら先生が差し出してくる鯛焼きを無言で受け取って、頭からかじりついた。そうでもしないと、今度は違う意味で泣きそうだったのだ。
「やや、いい食べっぷり」
そんな風に言われても、黙ったまま食べた。
「小波さん、そんなに鯛焼き、好きなの?」
それにも答えないで、食べた。
「よかったら、僕のもあげようか?」
先生のぶんも、食べた。
ひとしきり食べて、つぶあんも、涙も飲みこんだ頃。
「……小波さん、ごめんね」
そう言いながら、ベンチに置いたままのわたしの右手を、先生の左手が覆い込んできた。
「僕は先生だから、本当はいけないのかも知れないけれど」
「……」
「でも、僕はこうして君と出かけるのが好きだから、また、誘います。たとえ、君が困っていたとしても」
不思議な言葉だな、って思った。それじゃあ、まるで、先生もわたしを好きみたいに聞こえる。そんな奇跡はさすがに期待、できないけれど。
「小波さんの手、冷たい」
そう言いながら、先生がわたしの手のひらに、自分の手のひらをあわせてくる。
ここはもう、人ごみじゃないのに。今、ここには、先生がわたしを護るべき理由はなにひとつないはずなのに。先生はわたしの手を握っている。
そして、先生も黙り込んだ。
はらはらと降る桜の花びらの雨の中、手をつないだまま、ただただ、黙って二人で過ごした。

*******

「だから、わたし、そこまでは鯛焼き好きじゃないですって」
「でもあのとき、僕のぶんまで食べてたじゃないですか」
「だからあれは」
「あれは? なに?」
「あれは……っ! ……っ! ……もう、いいです……」
「じゃあ、食べて」
けっきょくわたしは、奇跡的にも、また若王子学級の生徒になった。
「こういうの、くされ縁っていうの?」
って、首をかしげながら、若王子先生が三つめの鯛焼きを差し出してくる。
そして、かたわらには、もうすっかり定番になったビーカーコーヒーが湯気を立てている。
「ところで小波さん、どうして僕に電話くれないんですか」
「え、だって、別に用事がないし……」
「それはひどいです。僕、小波さんと連絡を取るために携帯電話、買ったのに」
「それはきっかけであって、もともと、教頭先生に「電話くらい持ちなさい」って常々言われてたって言ってたじゃないですか」
「たしかにそれもありますけど。でも、あのとき、公衆電話はなかなか見つからないし、大変な思いをして君を探し回って」
あれから何度も聞いた、先生の必死の捜索劇。鯛焼きを買って戻ってみたらわたしがいなくて、慌てて走り回っているうちに先生も人波に呑まれて、流されて、結果、二人して同じ場所にたどり着いた、という、これまた奇跡的(?)な再会となったらしい。この話がはじまると、少し長い。話の腰を折るために、わたしは三個目の鯛焼きにかじりついた。
「いただきまーす」
「あ、はい。どうぞどうぞ」
そのときの先生があまりにも嬉しそうに微笑むから恥ずかしくなって、思わずうつむいてしまった。目に入るわたしの足の先は、学園指定スリッパ。どうしようもなく、先生とわたしは、教師と生徒だ。

鯛焼きコーヒーブレイクを終えたわたしは窓際に立って、思い切り息を吸い込んだ。気持ちのいい春の風が胸の奥を満たしていく。
芽吹き始めた新緑の奥に、透明なビーズを散らしたみたいに、海が光っている。
いつのまにか先生もわたしの隣に立って深呼吸をした。そして一拍置いて、切り出した。
「来週は、遊覧船に乗りたいです」
「はぁ……」
「君も行くんですよ?」
「課外授業ですか?」
「違います。デートです」
そんな風に言いながら、さりげなーく、先生がわたしの手を取る。
「ちょ、せんっ、ここ、学校、」
「デートをする二人は、手くらいつないじゃうんです。ね」
ね、って言われても……。
あの桜の日から特別、なにかが変わったわけじゃないけれど、あのあと、先生はすぐに携帯電話を買って、わたしに電話番号を教えてくれた(なんとなくは思っていたけれど、やっぱり先生は携帯電話を持っていなかった)。
隣に立つ先生を見上げる。
先生がわたしを見つめる。
さて。ここから二人は――
「小波さん、残した鯛焼き、持ってかえってくださいね」
がくっ。
でも、今はこんなだけど。
三年連続で若王子先生のクラスになれたように、奇跡って案外、起こってしまうものなのかもしれない。
だから、来年の桜のころには、また新しい奇跡が起こっていたりして? なんて考えたりもする今日この頃だ。
友情の延長かな? 愛情のはじまりかな? つないだ手の意味は、まだ深く考えないでいようと思う。
ほんの少しだけ距離を縮めて先生によりそって、新しい季節の到来をふたりで眺めた。
ほのかに甘い、春の風の匂いが残る午後だった。

〜おわりっ!〜

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