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+++二番星 【R18】

 
 
 
 柔道部のプレハブ小屋のドアを開けた嵐は「久しぶりだな」と言って、白い歯をみせた。
「うん。だって、こないだまで暑かったし」
 大股でわたしに歩みよった嵐はさっそく背中から抱きつくように腕をまわして、わたしの制服の胸のリボンをほどきにかかった。それから、わたしの耳に噛みつきながら『そうだな、今年は特に暑かったもんな』と低い声で囁いた。
 沈むことに抵抗しているかのような残暑の西日が小さな部室を濃いオレンジに染めている。わたしは畳のうえに膝をつかされながら制服のブラウスをめくられ、嵐の好きなようにされていく。折り紙を切り取ったような四角の光のなかに、わたしと嵐が重なった影が落ちる。
 練習を終えてシャワーを浴びてきた嵐からはボディーソープのいい匂いがする。これはこれでいいとは思うけれど、わたしが好きな『嵐だけのにおい』が消えてしまってすこし残念だ。でも、嵐のにおいをからだにつけて帰るわけにはいかない。このあとわたしは『あのひと』といっしょに下校をする約束をかわしているのだ。
 
 ――他に好きな人が、いるの。
 嵐にそう打ち明けたあの日も、こんなオレンジ色が海と空を染めていた。
「そっか」
 短く言った嵐は、まっすぐな瞳でわたしをみつめてうなずいた。
「じゃ、俺はおまえの恋を応援する。おまえの親友になってやる」
 あっさりとひきさがった嵐に、すこしだけ、拍子抜けした。もちろん、もめたいわけじゃあない。だけど、わたしたちは出会ってからずっと、いつもふたりで行動していたのだ。ときおり、クラスメイトにからかわれては『夫婦』だなんて呼ばれることもあった。嵐もわたしも、きっとこのままふたりはいつか恋人同士になるんだろうとぼんやりと思っていた。だから、もう少しこじれることも、覚悟していた。スポーツマンとは、あとにひかないものらしい。
 以来、親友になってくれた嵐に、わたしはありとあらゆることを相談した。はじめのうちは、恋愛についての一般的なことがらばかりだった。そのうち、あのひとがつれないことや、スキンシップのことについての、ふたりの進捗の状況までもを話すようになった。
「わたしからはあのひとに触れるのに、あの人は触れてくれないの」
「どんなふうに触ってる?」
 そう聞かれて、わたしは嵐の頬に触れた。まつげに触れた。くちびるにも、触れた。その瞬間、わたしは嵐に手首を捕まれた。
「足りない。もっと、触れ。そんなんじゃ、男は気がつかない」
 彼は、わたしの手を自分の胸もとに引きよせた。嵐の肌はあつかった。その熱の引力に、惹かれた。
 そのときわたしは、たしかに親友の嵐に対して欲情をしたのだと思う。わたしはまだ処女だったけれど、その瞬間、このひとに抱きしめられたい、と強く思ったのだ。愛とか恋じゃない、もっと根本的な人間の欲望だ。
 それに気がついたから、なかば意識的に彼の胸に身をよせた。
 その直後の嵐の腕に迷いはなかった。わたしを引きよせ、あっというまに裸にして、そしてわたしを少女から、女にした。
「おまえの好きなヤツには内緒な」
「うん」
 終わった後、悪い顔で笑った嵐とわたしは、二人しか知らぬ秘密を持った。不思議と、好きなひとに対しての罪悪感はなかった。

「……あっ……」
 嵐がわたしに、はいってくる。
 はじめは痛いだけだったのに、いつのまにか、叫び出したいくらいの強い快楽をおぼえてしまった。
 それでも、いまだに嵐が入ってくるときは、自分のからだを浸食してくる『おとこ』の違和感に背筋がぞくりとする。あのひととのときには、そんなこと、思わなかったのに。
 嵐が他の人よりおおきい、というのもあるとは思うけれど、それだけじゃあないような気がする。嵐は、とくべつだ、と、思う。なんて言うのだろう。きついけれど、ぴったりくるのだ。あつらえたように。
 眉根を寄せて声をたてたわたしの表情を心配したのだろう。嵐が「痛いか?」と聞いてきたので、わたしは首を左右に振った。
 嵐は、セックスの時にほとんどしゃべらない。
 しゃべるとしたら、あくまで事務的な、意思確認の短いセリフばかりだ。
 でも、わたしはそれが好きだ。恋人同士ではないわたしたちの行為には、語らいは必要がない。吐息を積み重ねていくだけでじゅうぶんだ。
 わたしに痛みがないことを確認して安心した嵐は、腰を2,3度大きく動かして、わたしのなかに自分をなじませた。
 その瞬間から、わたしは快楽のとりこになる。尾てい骨からおへそにかけて、甘くて濃いはちみつが、とろとろと重たく流れていくようなかんじだ。
 こらえきれず、わたしは深くて甘い、ため息をついた。
 わたしがたてる、女の声やため息を、嵐はとても喜ぶ。
 嵐をからだのなかにむかえたまま、身をよじりながら強い快感に耐えるわたしを、嵐は嬉々としていじめはじめる。
 舌と歯の間に胸の先端をはさんで甘噛みをしたり、わたしの愛液でしとどに濡らした親指の腹で足のあいだをくすぐるように撫でてくる。
 それだけで、わけがわからなくなるほどに気持ちがいい。
「……あっ、それ、好き、すき……」
 すごくいい、と囁きながら身を震わせて嵐の背中に腕を回すと、嵐もわたしの背中にぎゅっと両腕をまわしてきた。そしてわたしを抱え込んだ。
「? えっ……あっ……!」
 あっというまにつながったまま身をもちおこされて、体勢がくるりと入れ替わる。ようは、わたしが嵐のうえに乗るようなかっこうになったわけだ。
「これ、やだ……って、まえ、いったのに……」
 わたしは、嵐とおこなうセックスが好きだ。それは自覚しているし、嵐にも隠してはいない。
 嵐にめちゃくちゃにされて、その結果、指一本動かせないほどの疲労をあたえられるのは嫌いじゃない。
 だけど、みずから快感をもとめる姿を積極的に彼に見せたいとは思わない。
 自分から腰を振る姿をみせるのはやっぱり恥ずかしいのだ。
 このかたちになると――。自分から性をむさぼっていかなければここちよさの極みは得られない。
 得たい。だけど、恥ずかしい。その狭間でわたしは苦しむ。
「……や、動いて、嵐……」
 嵐の胸に手のひらをついて懇願する。
 しかし、彼は動かない。
「お願い……」
 嵐だって動きたいのだろう。突き上げたいのだろう。わたしのおなかのなかにある嵐は、それ自身が嵐とは別の意志を持つ生き物のように、時折ぴくりと身を震わせて快感を待ちわびている。
 しかし、つながっている部分以外の嵐は、堂々としていて決して動かない。指さきいっぽんすら、動かさない。さすが、日頃、ストイックな訓練を重ねて耐えてきているだけある。時には食事の制限もしているらしい。このくらいのことには耐えられるように出来ているのだろう。
 今日も先に音をあげるのはわたしだ。
「ね……嵐……。わたし、もう、だめ」
 わたしは、おそるおそる、自ら腰を動かしてみる。ぬるり、と軽く滑る。その感触に、くらむほどの愉悦をかんじる。
 嵐のかたちを、からだの内側からかんじる。わたしのなかできっちりと張りつめて、生き物みたいにうごめいている。たまらない。うわごとのように彼の名を呼ぶ。
「嵐……あらし……」
 そこからはもう、我慢ができない。自我が決壊してしまうのだ。
 嵐の根元に、わたしの女の部分をすりつけながら、あられもない姿を親友の目の前にさらしてしまう。
 しどけなくひざを開いて、全部をみせて、みっともないほどに足の間を濡らして、胸を揺らして、腰を落として――。ああ、なんてはしたない女なんだろう、わたしは。
 彼が、親友でよかった。
 だって、こんな姿、あのひとにはみせられない。
 あのひととのセックスは、平穏で幸せだ。でも、それだけ。

 不意に嵐がわたしの胸に手を伸ばしてきた。
「集中しろ」
 大きくてごつごつした手のひらで、もてあそぶようにわたしの胸をもみしだいたあと、先端を軽くつまんではじかれた。
 あっという間に、わたしはあのひとのことを、忘れてしまう。もう、嵐でいっぱいだ。
「あらし、が……」
「なに?」
「あらし、が、来てる……よ……」
「どこに?」
「ここ、まで……」
 わたしはおへそのすこし下あたりを指で示した。
 その瞬間、嵐が「うわっ」と叫んで、腰を急に引いた。
 そして、つるりと抜けた先端から勢いよく精液が飛び出してきた。わたしのお腹のあたりを嵐の精液が濡らしていく。ぺたり、とろりとからだにはりつく生ぬるい感触が気持ちいい。

「ごめん。でも突然あんなこと言うなんて、反則だ」
 自分の後処理をかんたんにすませたあと、小さな声であやまりながら、嵐は指をつかってわたしを最後までみちびいてくれた。
 右の指でクリトリスを撫でて、左の手のひらではわたしの頭のてっぺんを撫でている。
 嵐のでいくのも好きだけれど、こうして指でやさしくされるのも好きだ。
 嵐の指はきもちがいい。指のさきの皮があついせいなのか、ものすごく柔らかく触れてくるのにこりこりとあたってたまらない。その刺激で、わたしはあっというまにのぼりつめてしまう。
「……あっ、嵐……いく……」
 わたしが小さくふるえると、嵐は指の動きをゆっくりと止めた。
「俺、おまえのイく顔、好きだ」
 まぶしそうに目を細めて、嵐はわたしの額にくちびるをよせた。
「ふふっ……きっと変な顔してるよね。相手が嵐で、よかった」
 わたしが言うと、嵐は怪訝そうな顔をみせた。
「なんで?」
「だって、あのひとにはこんな姿、見せられないもん」
「……なんか、進展あったのか?」
「うん。夏休みの間に、つきあうことになった」
 わたしは、心地よさに目を閉じるかのようなふりをして、嵐の視線を避けた。
「……そっか。よかったな。でも、そんじゃ今日は悪ぃことしちまったんじゃねーの?」
「いいの。だって、嵐はわたしの親友でしょ? これからもときどき、ここで待ってていい?」
「……そっか、わかった。おまえがいいなら、気が済むまでつきあってやる」
「うん。ありがと、嵐」
 ゆっくりと目をあけると、嵐はもう普通の顔をしていた。もしかすると、目を閉じているあいだも普通の顔でいたのかもしれないけれど。
 わたしは嵐の鼻の先に軽くキスをして身を起こすと制服を整えはじめた。
 腕時計を見ると、あのひとと待ち合わせをしている時間に近づいていた。
 まだ上半身裸のままの嵐を部室に残して、わたしはあのひとが待つ校門へと走る。
「待った?」
 嵐に与えられた気持ちよさがまだ芯に残るからだで、わたしはあのひとの隣に並んだ。
 遅い、とこづかれた額に、甘い熱が広がる。わたしは、あのひとの手のひらに自分の手のひらを重ねた。
 
 嵐の気持ちを知らないわけじゃない。
 だけど、わたしが恋をしているのは嵐にじゃあない。
 わたしは、あのひとの手をきゅっと強く握りしめながら、海の果てまで広がる薄やみの空をみあげた。
 空高くには一番目の星が光る。二番目の星が、すこし離れて、控えめに輝く。
   
 
 

2010/09/19


 

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