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スピード

 
 
「君のせいです」
「ええええっ、それは言いがかりです!」
「君のせいだったら、君のせいです」
「……そ、そんな……。だって、先生」
「だってもヘチマもありません。こんなはずじゃありませんでした! 君がすっごいからいけないんです!」

先生は、背中を丸めて盛大に拗ねている。

先生が拗ねている理由は、たったひとつ。
どうやら、「いつもにくらべて早かった」らしいのだ。
そんなの、知らない。
そもそも、この場面において拗ねてもいいのは、わたしのほうなんじゃないだろうか。
わたしは先生とがはじめてだったのに、先生には「いつも」があったなんて。
まぁ、ないわけもないと思っていたけれど、ちょっとくらいは隠してくれてもいいのに。

先生とこっそりおつきあいをはじめて一年とちょっと。
なんとなく覚悟はしていたから、先生がほしがった誕生日プレゼントに『いいですよ』って返事をしたのは他でもない、わたし自身だ。でも、それが返事をした当日になるなんて誰が思っただろう。
「新学期がはじまってからじゃバタバタしますし、なんといっても僕の誕生日の当日は、平日ですからね。先にもらっちゃうけど、いい?」
返事をするまえにキスをされて、ダメって言えなくさせられた。
そんなわけで夏休み最後の日曜日、まるで拉致されるかのように先生のお部屋に連れ込まれて、そして今に至っている。

わたしだって十七歳の女の子だ。それなりに、『はじめてのとき』に対しては夢も憧れもあった。
たとえば、すてきなシティホテルの一室で夜景を見ながらだとか、または、秘密の一泊旅行の温泉宿でだとか、せめて記念日の夜、さりげなくキャンドルを吹き消してロマンチックに、だとか。
そして先生に抱きしめられているうちに、天使に撫でられているかのような快感が訪れて、終わったあとにはぎゅっと両腕につつまれて、最後には、泣いちゃいそうなほど幸せな気分になるんだ、って。

でも現実を見れば、薄っ茶けた畳の上にはわたしたちが脱ぎ散らかした服が散乱しているし、先生が敷きっぱなしにしていた万年床のふとんのなかは、わたしたちの汗で生ぬるくしめって快適とは言いがたい。それに、その。想像以上に痛かったし。
わたしをそんな目に遭わせた人はフォローもせずに、拗ねて背中を丸めていて、ああ、なんていうか。
なんていうか。
理想と現実の落差に、笑えてきちゃうほどだけど、でも。それでも、想像と同じ部分はあった。ううん、想像より、もっともっと、怖いくらい、深くて、甘い。

――死んじゃいそうなほど、幸せ。

「先生、せんせい」
「なに?」
不機嫌そうな声も愛おしい。
「あのね、わたしね」
「うん」
「はじめてだったんです」
「うん、知ってます」
「だから、平均がどのくらいなのかとか、わからないです」
「……そう?」
「うん」
「じゃあ、次は、平均を君に教えてあげます」
「つぎ?」
「そ。敗者復活戦」
そう言いながら先生は、ふたたびわたしの背中をうすっぺらい敷き布団におしつけて、子どもみたいな顔をする。

もう、大人なのに。もうすぐ、さらにひとつ大人になっちゃうのに。なんてかわいい人なんだろう!

**************

出会って四回目の九月、そんなこともあったねって、ふたりで笑う。

「先生、別にあのときとそんなに変わらないじゃないですか」
「だって君、本当にすごいから。自覚ない?」
「なにそれ」
「あのね、君はちょっと特別です。マジ、ヤバすぎ。君に出会うまで、僕がどれだけしてきたと思って……わ、痛い!」
ほっぺをつねると、ちょっとだけ先生がしぼんだ。これですこしは長くなるかも。

先生、だいすき。ことしも、お誕生日おめでとう。
 
 
 
【END】
 
 
2009/09/04
 
 
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