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+++おとめごころと、おとこのロマン【R15】

 


さいごに一つ、ふるっとわずかに震えると、先生がわたしの胸にぽふっと落ちてきた。
わたしの首筋に顔をうずめて、肩ではあはあ息をして、たったいま、フルマラソンを完走しきった選手のよう。
「せんせい、だいじょぶ?」
わたしが聞いても、とてもじゃない、答えられないみたい。
わたしが、からだをゆすって
「重いよ、先生」
と言うと、先生はうっ、とちいさくうめいて、
「もうちょっと、もうちょっとだけ、待って」
と言いながら、わたしの耳をぺろりと舐めた。

わたしがコップを手渡すと、先生はありがとう、とちいさく言って透明な水をごくごく飲んだ。
「ふう、ようやくひとごこち……」
先生は畳の上にコップを置くと、ふたたびごろんと横になった。
仰向けで、大の字になっている。
……パンツくらい、はけばいいのに。
目のやり場にこまってしまう。
たしかに、見るのはじめてじゃない。いや、見るのがどころか、さわったことだって、キスしたことだって、あるけれど。
だけど、それとこれとは、話が違う。”してないとき”には、隠してほしい。
いくら慣れてきたとはいえ、ちかごろの先生にはちょっと恥じらいがなさすぎる。
あんなかっこうで、ごろごろするなんて、わたしの乙女心がうちくだかれる。
ちらりと先生を横目で見ると、裸のまんまでさっそく猫を呼び寄せている。
サクラモチ、サクラモチ、おいで、おいで、なんて、甘い声で。
「ばか」
「やや?」
わたしの小さな声に反応した先生は、こちらを見て、きょとんとしている。
「もしかして、僕のこと?」
「もしかしなくても、先生のこと!」
すねて先生に背中をむけると、先生の長い手が、わたしの手首をきゅっとつかんだ。
「どうしたの?」
「や!」
手を振り払おうとしたけれど、先生の力のほうが強かった。
くいっとひっぱられて、先生の胸にひきよせられる。
「なーに拗ねてるんですか?」
甘い、声だ。でも流されない!
「拗ねてません」
「や、やや? もしかして、サクラモチにヤキモチ妬いてる?」
「……! ちがいます」
「それじゃあなあに? 甘えん坊さん?」
甘えてるわけじゃないのに。先生の、バカ!
でもわたしの気持ちなんてちっとも気づかないみたいで、先生はくすくすくすくす笑いながら、わたしのほっぺに人差しゆびをうずめてくる。
「やめて。先生」
「だって、かわいいです。よくわかんないことで怒ってる君が、かわいいです」
はぁ? もう、怒った。容赦しない。ずばり、はっきり、言ってやる。
「もう、先生、ちょっと最近、たるみすぎです」
わたしが言うと、先生は、じぶんのあごの辺りをするりと撫でて
「太った、ってこと?」
なんて、首をかしげた。
「幸せ太りってやつですかねえ……? ほら、君がつくってくれる晩ご飯はおいしいし。でも、君が太った僕を嫌いなら、ちょっとダイエットしましょうか?」
違う! もう! ぜんぜん違う!
わたしは先生の腕を逃れようとばたばたと暴れた。先生はそんなわたしをますます自分の胸に巻き込む。
「やや、違うの? おしえて? ね、なにを拗ねてるの?」
わたしは憮然とした声で、言い放ってやった。
「おわったあとは、パンツくらいはいて。先生」
すると、なにが嬉しいのか、先生はにこにこーっと笑った。
「なんだ、そんなこと。恥ずかしいの?」
「恥ずかしいってのもあるけど、そういうんじゃなくって! なんていうか、えっと」
わたしが言葉につまると、先生はそれを待ち構えたかのように言った。
「大きいときの僕しかみたくない、とか?」
「……! ち、ちがーーーーう!」
さ、最低……。
「じゃあ、なんだろう。でも、いつも二回はするでしょう? いちいちはいてたら、そのたび脱ぐのはめんどくさいじゃないですか」
そうして先生は、また、わたしを組み敷いた。

今度は、わたしが動けない番、になった。
なにを思ったか、先生が、ものすごくすごくはりきってしまったから。
わたしがふとんに突っ伏して、汗が引くのをまっていると、今度は先生がお水を持ってきてくれた。
やっぱりパンツははいてないけど。
「……せんせ、ありがと」
複雑な気分で、薄いガラスのふちにくちびるをつける。
ちらり、とわたしが先生を見ると、先生はなんだかにやにやしてわたしを見てる。
「……なに?」
「いやあ、君があんなに夢中になるなんてね」
「……!」
夢中にさせたのは、いったい誰よ。でもそんなこと言えなくて、わたしは、乱れきったさっきの自分を思いだして、いたたまれない気持ちになった。
「はじめのころは、君、するたびいつもカチカチで、この子と僕は、一生こんななのかなーって不安でしたけど」
「もう! 恥ずかしいからやめて、先生!」
「どうして? 僕は君が変わっていくのを見るたびに嬉しいよ?」
先生は、わたしの指からコップを取ると、残りの水を自分でぜんぶ飲みほした。
そして、小声でささやいた。
「お互い、あきるほど見慣れてしまって、情けないところまで見せあっても、それでもなお相手に欲情しあえるなんて、この上なく、ロマンチックだと思いませんか?」
……前から思っていたけど、先生のロマンチックの基準って、いったいなんだろう。わからない。

「……っていうか、先生。先生はパンツはかなくていいから、せめてわたしには、はかせてください」
「だめ。起きたらまた、すぐにするから」
「……まさか、朝までこのまんまとか?」
先生は、やっぱり嬉しそうに笑っている。
「やだー!」

先生には、この先も、乙女心はわかってもらえそうにない。
わたしが、先生のロマンチックをいまいちよく、理解できないように。
でも、先生が幸せそうだから、それはそれでまあいいか。
くすくすと笑っていると、先生がわたしの顔をのぞき込んで、ひとこと、言った。
「あれ、なに幸せそうな顔してるの?」
……なんだ、けっきょくわたしも、幸せなんだ。

「でも、パンツははいたほうがいいと思います。風邪、ひいちゃう」
「……現実的な理由ですねえ。ロマンがないです」
――先生にだけは、言われたくない。

 

END
 
 
 

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2009/04/24~2009/05/20 拍手テキストでした!

 
 

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