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+++噂されてみますか?(R18)



「ねぇ、じっさいのところ、どうだと思う?」
 屋上で、声をひそめてきいてきた友人の話に、身をよせた。
「なにが?」
「だから。若サマよ、若サマ」
「……へっ?」
 わたしは、紙パックのジュースを手に持ったまま、間抜けな声を出してしまった。
 空にはひとはけ薄い雲。快晴。空が高い。うららかな春の陽気がわたしたちに降り注いでいる。
「んもう。美奈子、聞いてなかったの~。若サマの彼女の話!」
 わたしは、まさにその『若サマ』との放課後の逢い引きのことに気もそぞろで、ちゃんと聞いていなかったのだ。
「わ、若王子先生の彼女……?」
「そ。なんでもね、この学校の生徒じゃないか、なんて噂が最近ひろがっててさ。美奈子、若サマと仲いいじゃん? なんか、知らない?」
 知ってるも知らないも。
 ――その彼女、って、わたしなんですけど。
 なんてことは、まぁ、言えないわけで。わたしは、ジュースをちゅううっと吸って、一呼吸置いた。そして、慎重に、言う。
「まさか。この学校の生徒だんて、いくら若王子先生でも、ないでしょ」
「でも、そのまさかだよ。こないだの土曜日ね、うちの学校の制服姿の女子と、商店街で買い物してたってよー。しかも、なんだか、生活雑貨みたいなものとか。ふつう、生徒とそんな買い物しなくない?」
 ……うっ。たしかに、次の日の日曜日は先生の陸上部の合同練習で会えないことになっていたから、その土曜日の午後は先生の部屋に遊びに行ったのだ。
(はぁ。やっぱり面倒でも、いちど着替えに戻ればよかった)
 そう。すこしでも長く一緒にいたい、と先生が言うから、制服のままで二人ならんで買い物をしてしまった。それは、先生と食べるために作るお昼ご飯の材料と、猫缶、そして、最近切れかけているという蛍光灯や食器用洗剤などだったのだけど。まさか、その姿を誰かに見られていたとは。
「……っと。その。目撃したひとは、その生徒の顔、とか見てないのかな?」
 わたしはすこし、どきどきしながら彼女に聞いた。
「それがさあ。見てないんだって。ちょっと目を離したすきに、見失っちゃったって」
「そうなんだ……」
「ねー美奈子。今日さ、化学室の実験道具の手入れ当番でしょ? もしあれだったらさ、サグり入れてきてよ」
「はぁ……」
 わたしは、生返事で答えるしかなかった。
「でもさー」
 彼女はますます声をひそめる。
「ん?」
「じっさい、若サマって『セイヨク』とかなさそうじゃない? つきあったら欲求不満になりそー」
「はぁっ?」
 わたしの手にちからが入ったのだろう。紙パックにさしたストローから、ジュースが逆流してきて、数滴こぼれて、制服のスカートにシミをつくった。
「やだ、美奈子、なにやってんの? でもそう思わない? 若サマが、女の子に対してアレコレしてるところって、想像できる?」
「で、でき……」
 できるもできないも。わたしは、その、アレコレを、先生から必要以上に、日々、教えられている、わけで。
 ああ、もう、無理!
「あ、あの。ごめん。制服にシミが残ったらこまるから、ちょっとハンカチ濡らしてきていい?」
 わたしは、あわてて立ち上がると、小走りで水道に向かった。

+++

 ――小波さんの大事な制服にシミができたらたいへんです。さあ、はやく脱いで。僕がシミ抜きしてあげます――
 あのときすぐに対処したから、もうすっかりシミなんて抜けていたのに、先生はへんなこじつけで、むりやり、わたしの制服を脱がしてしまった。
 そして、シミ抜きをしてくれるのかとおもえば
「あれ、たいしてシミなんてのこっていませんね。これなら別にシミ抜きなんてしなくて、だいじょうぶです」
 なんて悪びれもせず言いながら、先生は、下着姿のわたしをきゅっと抱き寄せた。
 それから、数十分。たったいま、わたしのからだのなかにセイヨクを解放した先生は、しあわせそうにわたしに何度もキスをしている。鼻に、髪に、指さきに。
 その間、わたしは昼間のはなしをしていた。
「――ってわけで、先生、セイヨクなさそうにみえるんだって」
「へぇ、そう?」
「うん。でもじっさい、なんか、それ、わかるなぁ、って」

 先生に必死で片思いをしていたころは、たしかに、先生がこんなに熱心にこういうことをする人だなんて、想像もしていなかった。
 先生の白衣はどこまでも深く清潔そうで、秘密のかけらなんてひとつもなさそうに輝いて見えていたし、おっとりおだやかに笑う瞳には、セイヨクのかげりすらみえなかった。
 つきあってみて、びっくりだ。噂なんて、あてにならない。

「考えてみたらわたしもね、まさか先生と、こんな風になるなんておもってなかったなぁ……」
 わたしがそう言うと、先生はくすくすと笑った。
「いやだった?」
「え?」
「僕と。こんなこと、するような仲に、なること」
 先生は、『こんなこと』と言いながら、わたしの胸のさきっぽをちょんと摘んだ。
「やだ。せんせい、エッチ!」
 先生が、作業机の上の置き時計をちらりと見ながら、またわたしをひきよせる。
「で、君は、彼女になんていうの?」
「え?」
「いま、サグリ、入れてるんでしょ。ね。若王子先生は、どんな、ひと?」
「えっ」
「ちょっと、ハンサムで」
 先生は、そんなふうに言いながら、眉間にぐっとちからを入れた。
「あはは、なに、それ、ハンサム顔?」
「そ。とっておきの、キメ顔です。なんてね。こんなふうに、おとぼけで」
「自分で言っちゃうんだ?」
「それから、君の、恋人で」
 頬を、すりすり、すりよせられる。
「……うん」
「そして、こうみえても、ずいぶん、エッチなんです」
「……えっ? ……っ、だ」
 だめ、の言葉は、先生のキスでふさがれた。
 下校時刻まであと20分。先生は、いそぐようにわたしのうえに重なってきた。
 そして、腰をつかまれたかと思うと、すぐにつるりと、わたしと先生は、ひとつになる。
「……っ」
「ごめんね。もしかして、びっくりした? でも、まださっきの余韻が残ってるからだいじょうぶでしょう?」
「……や」
「ほら、もう、時間、ないから。ね」
 それなら、こんなに急いでむりやりしなくても、また今度にすればいいのに、とか思うけど。でも、わたしも先生に、こうされることが、けっきょくのところ、好きだから。
 先生が、わたしのなかをやさしくあまく、うがちながら、ちいさな声でささやいた。
「僕とつき合ってることで、君が欲求不満になったらかわいそうだから、僕、がんばりますよ」
 先生は、せっせと腰をわたしにむかって送り込みながら、その間もキスをしたり、乳首をあまがみしたり、足のあいだをするする、撫でたり。
「あっ、あ……。もうっ……。そんなに、がんばら、なくても……」
「ほんとに? がんばらなくてもいいの? じゃあ、もう、いっても、いい?」
「……それとこれとは、話がべつ、です。はやいですよ、先生」
「だって、時間が……」
「じかん、だけ?」
「ううん。ほんとは、君のなかが、きもち、よすぎて」
 今まさに、クライマックスなのに。わたしたちは、くすくすと笑い合って、だきしめあった。
「……んん。もうだめです……」
 先生の小さな声とともに、わたしのおなかのなかには、ぱぁぁっと、あたたかくてあまい蜜がひろがった。その先生とほぼ、同時だったのだろうか。やさしくてしずかな波が、わたしの腰の裏に、はじけて、散った。

 実は先生はけっこう旺盛なセイヨクの持ち主で、こんなふうに熱心に、女の子にアレコレしちゃうことを知ってるのはわたしだけの特権だよね、なんて思うと、ものすごく、もったいないから、やっぱりあの子には内緒にしておこう。

「なに笑ってるんですか。ほら、はやく着て」
「や。くすぐったい」
「コラ。あばれないで。だだっ子ですか」
「そうなんです!」
 最後を惜しむようにじゃれあいながらお互いの衣服を着せ合う。
「まったく、君は」
 そんなふうに、目を細めてわたしを見つめる先生のことが、たまらなく愛おしい。
「せんせい、すき」
「うん。僕もです。じゃ、行こう。噂されてみますか?」
「……はい!」
 たったひとかけの夕日が残る化学準備室のすみっこで、今日最後のキスをして、ふたりそろって廊下に出た。

+++

 下校時間を15分も過ぎているのに、堂々と校門を出ようとしたわたしたちが教頭先生にみつかって、日頃の先生の行いもふくめて、めっちゃくちゃお説教をくらいまくって、それを居残りがゆるされた生徒会のひとたちに見られて、ほんとうに盛大な噂になるのは、次の日のお話、なのだけど。
 まだそれをしらないわたしたちは、ただ、ひたすら、教頭先生のお小言をえんえんと小一時間聞かされて、今度から時間に余裕をもってしよう、とかなんとか。それぞれのこころに誓い合ったりしたのだった。

 
END


 


2009/03/26~4/23 拍手掲載

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