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+++恋を知る 【R15】

若主ですが、過去ねつ造設定が8割です。いわゆるあれです。『おもちゃのツリーとデスクの上の冷たいターキー』系です。っていうか、貴文くん14歳で推定20人斬りとかの勢いですすいません……そういうのダメな方、避けて通って下さるとさいわいです。
過去がどうであれ、2009年のせんせいには、しあわせであたたかいクリスマスが訪れていますように。
 
 

続き
 
 
 
+++恋を知る+++

 
――13歳で性のきざはしに片足をかけた僕は、14歳の冬には、はやくもセックスに退屈をしていた――

その時期、僕はアメリカにいた。
そこで僕は、仰々しい研究施設に所属させられ、似た能力を持つ同僚たちと計算に追われるばかりの日々を送っていた。
僕たちがはじき出す数字は、僕たちに見えないところで、全世界の役に立っているらしい。
でも、その数字の正式な用途は僕たちには知らされていない。別に、知りたくもなかった。それよりも、僕には他に欲しいものがあった。
それは、『まだ、世界の誰一人、見つけていない数字』こと、通称『X』だった。
その数字を見つけることはこの研究所が設立された目的のうちの一つでもあり、僕がここに送り込まれた理由の一つでもある。
一日も早くそれを見つけて、日本に帰りたい。
僕がのぞむことは、ただ、それだけだった。

日本にいたときには、両親にすら薄気味悪がられていたこの計算能力も、ここに集められた世界最高水準のブレーンたちに言わせると、平凡そのものでしかなかった。
しかしここに呼ばれただけはあって、僕はローティーンの割には、ひどくスピーディに仕事をした。けれども、僕と同じような能力を誇り、僕よりも長くここで働く大人たちには、とてもじゃない、かなうはずもなかった。
数字を扱うことで自分が一番にならない世界は、13年間の人生のなかではじめてだった。
そのことにプライドを傷つけられた僕は、しょっちゅう苛立ったり、絶望を繰り返した。
愛情のない世界で、たった一つよりどころになるもの、それは自分自身への自信だけだ。
それを奪われたうえ、『平凡』の枠にはめられて、最年少ゆえに周りからはマスコットのような扱いを受けている。そのことは、13歳の僕をいらだたせるばかりだった。
『日本に帰りたい』
正直、腫れ物にさわるような家庭の雰囲気や、幼稚な内容の学校の授業たちにはうんざりしていた。
しかし、日本にいれば『天才』とほめそやされ、賞賛される。僕は、一番であることに慣らされすぎていた。

「貴文、よかったら来週のクリスマスイブは、僕の家においでよ。君、日本から一人で来ているんだろう? クリスマスの夜に寮で出される食事を一人で食べるなんて味気ないよ。クリスマスは、誰かと一緒に過ごすものだ」
同じチームで働く、20も年上の同僚に、自宅でのクリスマスディナーに誘われた。
僕は、彼の誘いを受けながら、去年の冬、ここにきてはじめてむかえたクリスマスの夜を思いだした。
寮の食事は、悪くなかった。ただし、その日は僕のチームに入った急ぎの仕事のせいで、大幅に帰寮時間が遅れた。
電気が消えた食堂のテーブルの上には、冷え切ったターキーが僕のぶんだけ取り分けられてぽつんと一つ、残されていた。かぶせられたラップが、廊下の蛍光灯の光を拾って冷え冷えと、かたちを浮き上がらせていた。
食堂のすみには、クリスマスツリーが飾られているはずだ。しかし、深夜には豆電球の電源も切られ、ツリーは暗闇に沈んでいた。
僕はその日の食事を抜いた。
――そんな夜よりは、ましかもしれない。
「いいよ。行くよ」
僕が返事をすると、その同僚は安心したようにほほえんだ。
「よかったよ、妻がね、どうしても君に会いたいっていうもんだから」
僕は怪訝さに眉をしかめた。
「君の奥さんが?」
「そう。チームに東洋から来たきれいな顔の天才がいるって僕がいつも話すもんだから、彼女、君に興味津々でさ」
僕はうつむいた。
「僕は……天才なんかじゃ、ないよ」
素直に出た言葉だった。事実、その時点では彼のほうが実績をあげていた。
彼は、うつむいたままの僕にゆっくりと近づいた。そして、僕の肩に大きな手のひらを載せて、笑いながら言った。
「貴文、それは本気で言ってるのかい?  13歳の僕と、今の君を競争させたら、ぜったいに今の君が勝つよ。ううん。君は、世界の13歳の人間のなかで、もっともすぐれた人間だ。1年間、君と一緒に仕事をしてきた僕が言うんだから本当だよ。君はもっと、自分に自信をもつべきだ」
若さなんて、単純だ。彼のたったのその一言で、ここ最近の呪縛から、ほんのわずか、逃れられたような気がした。

そのクリスマスの夜、僕は、その同僚の奥さんと、寝た。
お酒に弱い彼は、ほんの少しのシャンパンでかんたんに酔ってしまい、ソファに沈み込んだと思ったらすぐに眠ってしまった。
その彼をソファに残し、僕と彼の奥さんは、僕のために調えられたゲストルームで一晩を過ごした。
奥さんは、裸になってから、何度も何度も、『わたしもお酒に酔っているみたい』と繰り返した。そして、つど、僕に彼女の望みをうちあけてきた。酔いに任せたふりをして、夫である彼がかなえてくれない、繊細なほどこしを僕にもとめたのだった。
僕は、言われるままに応えた。
女の人は、数字よりも複雑だった。欲しいものを言われるままに与えても、首を振って拗ねた。だからといって、希望をきかずにいると、それはそれでまたむずかるのだ。
――面白い
そう、感じた。そしてなによりも、女の人の身体はあたたかかった。
僕は、ここで過ごす一年のあいだに、ずいぶんとぬくもりに飢えていたようだ。
僕にとってはじめての性の行為が終わったあと、彼女は、僕の下半身の後始末をしながら、一方的に話した。
「夫はね、いい人なの。ハイスクール時代からのつきあいよ。大好きよ。でもね、仕事と数字にばかり夢中で、こういうことにはどうにも、うといの。ねえ、貴文、東洋人ってほんとうに指先が器用なのね。はじめてとは思えない! 思った以上よ。たまにここに遊びにいらっしゃい?」

それからの僕は、足繁く彼の家に遊びに行くようになった。まるで、家庭のぬくもりに飢えた孤独な子どものように振る舞って、そして、彼が酒に酔って早寝をするたびに、彼の奥さんとベッドをともにした。
覚えたてのセックスはひたすらに楽しかった。僕は、彼女からあらゆることを教わった。そして、僕はそのつど、知識も技術も、順調に蓄えていった。
教わったことは、ときおり同じ研究所内で働く、別の同僚女性に試してみたりもした。皆、数字と退屈に囲まれて刺激には飢えていたから『東洋人の子どもとセックスをする』という行為を、娯楽のひとつとして、よろこんで受け止めていた。
――そのときの僕は、まったく知らなかった!
セックスは本来、恋をする二人のためにある行為だなんて。
もちろん、生物学的な観点での、本来の目的なら知っていた。
『生殖のため』
生殖への活動を積極的にうながすため、天は行為に快楽というオマケをつけた。その快楽だけをひょいと抜き出して楽しめるのは、知恵の実をさずかることのできた、人間の特権――。
なにも知らない僕には、夫のあるひととの行為に罪悪感はなかった。ただ、『生殖はしないように』気をつけた。そこだけは慎重だった。生殖は、子孫を正しく残すために行うことである、という、最低ラインの認識くらいは持っていたからだ。
でも、恋は知らなかった。

14歳になる少し手前――13歳の夏のこと、だった。
ここに来て一年半、僕は長い、長い計算の果てに、ようやく『探し続けていた数字』いわゆる『X』を、手にした。
その数字は、天文学的な数値の富を、この研究所と、発見者である僕に、与えるらしい。でも、僕はそんなことには興味がなかった。
――これで日本に帰れる!
もう、平凡な僕でいなければならないこの世界には用はない。
日本に帰って天才と呼ばれて、名声の上に暮らしたい。子どもらしいと言えば言えるのだろうか、傲慢な願いだった。
しかし、僕が見つけた数字はこの研究所内で、あっという間に僕を一番に仕立て上げた。事実、一年半、ひたすらに計算し続けた結果、周囲の大人たちを抜いて、仕事量も新発見の数も、すっかり一番になっていたのだけど。
あっという間に、一番になった僕は、瞬きもせぬ間に、『日本に帰りたい』という願いを忘れた。
僕は、里心から日本に帰りたいわけではなかった。『集団のなかの一番』でいられれば、場所はどこでもよかったのだった。

大発見騒動もおさまった秋の一日、僕は、難航している案件の計算に追われていた。6時間も、休憩すらはさまずひたすら紙に数式を書き出していた。
ふと、コーヒーの香りが鼻をついた。
「やあ、貴文。良かったらコーヒーブレイクでもしよう」
それは、例の同僚だった。
「ごめん、今日はどうしてもこれを仕上げたい」
僕の言葉に彼はひとつため息をつくと、デスクにコトリと音を立てて、マグカップを置いた。
「じゃ、せめて、コーヒーくらい、飲んで」
「ありがとう」
「ねえ、貴文、彼女に子どもが出来たよ」
僕は、彼の顔も見ずに言った。
「それはおめでとう!」
それは、僕の本心からの言葉だった。
しかし、僕の身体は宙に浮いた。
彼にネクタイをしめあげられ、つかみあげられていたのだった。
「なにするの!」
僕は叫んだ。しかし、ワイシャツの襟が僕の細い首を圧迫し、声はかすれた。
僕が声を出せないのをいいことに、彼は威嚇するかのように大声を出した。
「さぞ、お前に似た可愛くて頭のいい子が生まれてくるだろうよ!」
僕は、出せる限りの力を使って、首を振った。彼は、ますます興奮した。
「この後に及んでシラを切るつもりか?」
さらに、僕は否定のゼスチャーをした。
彼は、僕を突き飛ばした。そのまま僕は床に倒れ込んだ。うつぶせになったまま、思い切り酸素を吸った。そして、息も絶え絶えに、彼に告げた。
「……おねがい……デスクから……コーヒーをさげて……」
この騒ぎで机の上にコーヒーがこぼれて、水溶性のインクで書き出した数式を失ってしまうことを危惧したのだ。
僕の冷静さが、彼の怒りに火をつけた。
「……貴文……。いいかげんにしろよ」
僕は、彼の怒りの理由がまったくわからなかった。だから、床の大理石模様を見つめながら少し考えた。彼はたしか、『僕に似た子ども』と叫んだはずだ。ああ、そうか、彼は奥さんに僕の子どもが出来てしまったのではないかと心配しているんだ。そのことならば、大丈夫だ。自信は、ある。
「……だいじょうぶ……君の子どもだ。安心して」
「なにを……」
「……聞いて。僕は彼女との間に、子どもは出来ないように気をつけたよ。だって、彼女は君の奥さんだからね……」
彼が、僕の後頭部の髪の毛をつかんで大きく自分に引きよせた。
「……お前は……」
「ねえ、何を怒っているの……? ほんとうに慎重にしたから、大丈夫。それだけは安心して。なんなら、彼女にも聞くといいよ。彼女に出来た子どもは、君との子どもだと思うよ。あ、彼女が他の男の人となにもしていないというなら、の話だけど」
彼は、もう一度、僕を思いきり床にたたきつけた。僕はとっさにデスクの下に半身をすべりこませた。
「お前はかわいそうな子どもだ」
彼は机の下に逃げこんだ僕を一瞥してそう言い捨てると、書類の上にコーヒーをぶちまけて、僕の部屋を去った。
腰に力が入らなかった。すぐに起き上がることも出来ない僕は、デスクからぽたぽたとこぼれるコーヒーのしずくに濡れるままになった。
「数字なら、覚えてるから、大丈夫。でも、書き直す時間だけが、ロスだ。なんたって、レポート用紙20枚分だ」
つぶやくと、口のなかが痛かった。どこかが切れてしまったのだろう。
そのまま、僕と彼は二度と会うことはなかった。
彼は研究所を去った。話によると奥さんを連れて、オレンジ畑の広がる故郷に帰っていったとのことだった。

「せんせい、どうかしたの?」
ドレス姿の君が僕の胸のなかで不思議そうにたずねてきた。少しの間、僕は、彼女に話せない部分の思い出を反芻していたようだった。
「……ん。ごめんね、なんでもないよ」
ほんの数十分前、大粒の雪が降りしきるロッジの庭で、彼女の手を取りながらアメリカ時代の一部を話して聞かせたばかりだった。
そして、そのまま、彼女の手をひいて、僕の部屋に招いた。彼女は素直についてきた。
「それにしても、ダメです」
僕がおどけて言うと、彼女がまた首をかしげた。
「なに? 先生」
「こんなふうに、男の部屋にかんたんについてきちゃダメでしょ」
「……だって。先生、が……おいでっていうから……」
「そうだっけ?」
からかうと、彼女がみじろいで僕の腕のなかからすり抜けようともがいた。
「なら、自分の部屋に帰ります」
「ごめんごめん」
僕は笑いながら、彼女を閉じ込める腕の力を強めた。
「もう。先生、いじわる。先生以外の男のひとの部屋には、いかないです。先生のお部屋だから、きたんだもん」
彼女は、雪のつめたさが残る、小さな頭を僕の胸にきゅっとうずめてきた。
僕を信用して頼りきる、その愛らしい仕草に胸がつぶれそうにときめく。
――これが、恋、か。

同僚が研究所を去ったあとも、僕の日常はなにひとつ変わらず続いた。
強いて違いをあげるとすれば、その同僚の不在と、彼の奥さんに振る舞われる温かい食事が消えてしまったことだった。
彼女と二度とセックスができないことは、別に惜しくはなかった。なぜなら、その頃の僕には、すでに身体を交わし合う女の友人が幾人もいたからだった。
女の人たちは、少しずつちがった。けれど、だいたい、似たようなものだった。同じような部分をよろこび、丁寧な愛撫を好んだ。とくに誰が特別、というわけではなかった。
かたちのいいひと、わるいひと、やさしいひと、きびしいひと、いろいろいたけれど、僕にとっては『男の最終目的』を果たさせてくれれば誰でも良かった。
行為は気持ちがよくて、嫌いではなかった。でも、繰り返される単調な作業に、少し飽き始めていたのも正直な話だった。
『貴文は、機械みたいね』
女の人のうちの一人が寝物語に語ったひと言だった。
「機械?」
「そ。機械。昼間は計算するだけの機械。夜は、女を気持ち良くさせるだけの機械。してるときに、感情なんて、ないでしょう?」
僕は反論した。
「……僕は人間だよ。これでもいろいろ、考えてる」
「ふふ、気を悪くしたならごめんね。比喩よ、比喩。でも、たとえば、あなた、わたしを好きじゃないでしょう?」
「好き?」
「恋かどうか、ってこと。違うでしょう。ね、あなた、恋をしたことは、ある?」
「……恋?」
彼女はふふ、っと、鼻に抜けるようなやわらかい声で笑った。
「なーんだ。恋も知らない男の子にわたし、あんなに呆気なくいかされたんだ。貴文、今に、わかるわ。人生は長いもの。あなた、順番を間違ったのね。周囲の大人たちが、悪かったのね。わたしも含めて、だけど」
そのときの僕は、彼女が何を言っているかまったくわからなかった。
その後、成長の過程で恋というものを知識で知った。自身で体験したわけではない。本や映画で知ったのだ。恋は切ないものらしく、あらゆる物語の主人公たちが、恋の前に切ない涙を流していた。
正直、僕には、ピンとはこなかった。
でも、恋の存在を知った僕は、僕を床に叩きつけた同僚があのとき、なにを言わんとしていたかをかすかに、理解した。
それからしばらくして、僕は、『恋』の話をしてくれた彼女以外の女の人と、ことごとく、別れた。女の人たちの要望にこたえつづけるだけのセックスが面倒になったのだ。
15歳になるすこし前のことだった。

彼女とは、2年、つきあった。別れはとつぜん、やってきた。
「結婚するの。だから、ここを出るの」
「子ども、作るんだ?」
「バカね、貴文。まだわかってないの?」
「でも、結婚って子どもを作るためにするんでしょう?」
「ちがうわ、貴文。結婚はこの人だって決めた人と、ふたりで人生を歩むために、するのよ」
「君は、結婚相手を愛してるの?」
「これから、愛するわ」
なぜだか、裏切られた気分になった。でも、泣くほどのことではなかった。
そんな僕に彼女は言った。
「憎らしいわね、別れのシーンに涙も見せないなんて。あなたが女を全員切って、わたしだけを残してくれたことで勝ったつもりになっていたなんてバカみたい。ねえ、これだけは覚えてて。わたしが恋をしているのは、貴文、あなたにだけよ。これからも、ずっと」
僕は彼女の言葉が理解できずに首をかしげた。僕に恋をしながら、他の男のもとにゆくのか。
なぜ、と聞こうとして口をつぐんだ。
子どもの時代はとっくに、過ぎていた。そのとき、僕はいいかげん、みずから知らなくちゃいけないと思った。
その二年後、僕は研究所をあとにする。そして、さらに時間がたった数年後ののち、僕はこの子と出会うのだ。そこで、僕ははじめての、恋を知る。
それと同時に、あのときの彼女の気持ちが痛いほど、わかった。
彼女は、僕を『あきらめた』のだった。でも、僕にはそんなことはできそうもない。初恋は、いつだって情熱的なものだ。

窓の外を見ると、まだ雪が降っている。そのせいなのか、部屋に電気はつけていないのに、薄い明かりが満ちていた。次々に空から落ちてくる雪は、ゲレンデのライトを拾っているのだろうか、小さな白い光をまとっていた。
発光する桜みたいだと思った。
「ね、キスしていい?」
僕の申し出に、君は瞳を丸くした。
「……へ?」
「クリスマスですからプレゼントくださいよ、サンタさん」
「先生にはさっき、ガラス細工の天使、あげたでしょ?」
「ちょっと待って。あれは偶然僕が当てたからよかったようなものの、プレゼント交換会のものじゃないですか。僕は君からのプレゼントが欲しいんです」
「……もう、仕方ないなあ」
くちびるをとがらせながらも、君は頬をさくら色に染めて、素直に瞳を閉じる。そんな顔をされたら、キスだけでは帰せなくなる。僕は、君の素肌の肩に触れた。
「このプレゼント、きれいにラッピングされてるから、ほどくのがもったないです、ね」
君の年齢からすると、少し大人っぽくみえるデザインのドレスの肩紐を指先ではじき落としながら言うと、君は驚いて瞳をあける。
「……えっ……?」
「優しくします」
「って、なに? えええええっ、先生、ま、まさか……」
彼女のおどろいた瞳は、それでもまっすぐに僕をみつめる。
そのまま、僕は彼女の背中をシーツにおしつけた。
「いや?」
彼女は、戸惑いながらも、ふるふると首を横にふった。
「こ、こわいけど、せんせい、だから、へいき」
「……うん。ありがとう。大切に、します」
僕たちは、どちらからともなく、キスをした。緊張のせいか彼女のくちびるはつめたかった。まるで雪のかけらのようだと思った。

20年ちかくも前に失敗した、僕のはじめてのクリスマスの記憶を、今夜、君で塗り替えようとする僕を許して。
「僕の、最初で最後の、恋です」
君の声も、僕らがたてる物音も、外の雪がすべて、すべて消してくれる。
僕の過去も失敗も、真っ白な雪が、覆い隠してくれる夜だ。
 
 

……メリークリスマス

 
 
 
 
【おわり】

2009/12/24

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