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+++これは恋ではない(R18)

続き
 


「せんせい、あのね」
「はいはい」
「ハリーがね、いうの」
「なんて?」
「わたしね、上手なんだって」
「そう」
「そう……って、せんせい、それだけ?」
「ほかになにかある? だって僕が教えてるのに」
 若王子先生は、そう言いながら、またわたしのからだのうえに、ゆっくりと覆いかぶさってきた。

 化学準備室にある、黒いソファのうえで、わたしたちは、抱き合っておしゃべりをしていた。ソファのうえには先生の白衣を敷き、お互いの衣服をへんな風にまくりあげて、刺激に必要な部分だけを露出させあってくっついている。
「せんせ、また、するの?」
「うん。だって僕は久しぶりだから。君は僕をほったらかして、針谷くんと思う存分、してたんでしょう?」
 少し拗ねたような口調でささやきながら、先生は指を、わたしの中心にさし入れてきた。
「……んっ、せん、せ」
 二回目のせいか、わたしの中心はすでにうるんでいて、先生の指は、かろやかにうごく。
 こうしてむつみはじめて、どのくらい時間が経ったのだろう? 1時間? 2時間……?
 おしゃべりをして、触れ合って、コーヒーを飲んで少しだけ休憩をしたら、またキスして、重なって。なんども、先生にさわられて、舐められて、多少の刺激には慣れきったつもりでいても、それでもやっぱり、その都度、きもちがいい。
「はぁ。もうこんなに、とろとろです。まったく、君ってひとは……」
 あきれたように、でも嬉しそうにつぶやきながら、先生はわたしにじっくりと、快感をほどこしてゆく。

+++

「あー、悪ぃ。他、当たってくんねぇ?」
 1年2月。思いのたけを込めた手作りチョコを拒否された。
「ハリー、どうして?」
「ん。俺、処女くせぇの、苦手なんだわ。なんかよ、面倒じゃん」
 わたしが告白したのは、学園内でも特に人気がある男の子のひとり――針谷幸之進こと、通称ハリーと呼ばれる、同級生だった。
 三ヶ月前におこなわれた文化祭前夜、たまたま覗いた音楽室で、夜遅くまでたった一人、バンドの練習にいそしむ彼の真摯な横顔に、わたしはひとめで恋したのだった。彼に思いを寄せる女の子が多いことは知っていた。彼が、特別を作らないことも知っていた。付き合ってほしいなんて、そんなことは、思っていなかった。ただ、わたしの思いを知ってほしい、それだけだった。
(それ以上は、のぞんでないのに)
 こんな拒否のしかたはひどすぎじゃあ、ないだろうか。やりきれない気持ちが言葉になって、思わず、口をついて出た。
「じゃあ、わたしが」
「あ?」
 ハリーがけげんな顔をした。
「わたしが処女じゃなきゃ、いいの? つきあって、くれるの?」
 売り言葉に、買い言葉だった。言ったとたん、足がふるえた。
 ハリーは、そんなわたしのあたまのてっぺんから、つま先までを、まるでスーパーの野菜を品定めするかのように、ながめ渡した。そして、笑った。
「ははっ。ははは。お前みたいないい子ちゃんが、そこまでできるって言うんならな。そしたら一回くらい、デートしてやるよ」
 ひどい言葉、だった。あきらかに、ハリーはわたしを、バカにしていた。
(そりゃあ、わたしは処女だけど)
 それが悪いとは思わない。むしろ、今のわたしのこの年齢では、それがふさわしいのではないだろうか。
(先生、なら。若王子先生なら、そんなことは、きっと、言わない)
 はずかしさと、怒りと、そして悲しさで、頭の芯が、チカチカした。
「わかった。それ、約束ね」
 チリチリと耳の奥を焼くような血管の膨張音を聞きながら、わたしはハリーにそれだけを言ってきびすを返し、その足で、化学準備室に向かった。
 若王子先生のところへ。
 いつも近くで見守って、わたしの恋を応援してくれる、年上の優しい親友のもとへ。

「先生……。これは……?」
「うん。僕は君を、応援します。親友だから」
 わたしは、なぜか裸に剥かれて、化学準備室のなかにある、黒い合皮のソファの上に寝かされていた。寒い、と言ったら、先生の白衣をあたえられた。
「先生、どうして?」
「……僕は、君に協力したい」
「え?」
「処女じゃなくなると、君は針谷くんとデートできるんでしょう?」
「……」
 わたしは、先生の顔をみつめた。先生の、瞳の奥が、深いみどりの色に揺れた。
「僕に、任せて。やさしくします」
 先生はそう言いながら、わたしを覆っていた白衣をそっとはがしはじめた。
「……や。……」
 わたしは、胸のまえで白衣をかきあわせながら、すこしだけ、抵抗をした。
「ん。だいじょうぶ。ちゃんとするから、怖がらないで」
 ゆるゆると、わたしの頬をなぜながら、先生はチョコレートの味の、キスをしてきた。
 わたしが、ハリーに渡そうと思って作った手作りチョコは、わたしの失恋話を聞きながら、先生がぜんぶ食べてしまった。先生の口びるは、今、その味だ。毒々しいほどの、甘い残り香に、わたしの脳が、くらくら揺れた。
「ほんとうに嫌なら、言って。やめるから」
 先生が、もういちど、わたしの白衣をめくりながら、自分のシャツの胸をはだけさせて、わたしのからだにくっつけてきた。
 わたしは、人間同士の素肌と素肌が重なるきもちよさを、はじめて知った。
「せんせい、不思議」
「ん? なにが?」
「あのね」
 ――わたしね、これ、いやじゃない、みたい。
 わたしがそう言うと、先生はきれいな顔で、ほほえんだ。
 ――うん。じゃあ、目を、閉じて。僕を、針谷くんだと思っていいから。
 先生にささやかれながら組み敷かれ、そのままわたしは、その日、そこで、恋にまつわる行動の、すべてを教えこまれた。恋の先の果てにある、おとこの人の、その衝動を。
 痛いのも、甘いのも。苦しいのも、きもちいいのも、ぜんぶ、ぜんぶ、まとめて一気に教えてもらった。
 ヤケになっていた、といえば、そうなのかもしれない。好きなひと――ハリーに、処女であることを、バカにされたことが、悔しかったのかもしれない。だけど、ほんとうにそれだけ、だったのだろうか。
『経験したら、ハリーがデートしてくれるって言うんです』
 そんなふうに、言ったのは。
 こうなることを、わたし自身が望んだからでは、なかっただろうか。

 それから数ヶ月後。夏になる前の、ある晴れた日のことだった。ハリーに屋上に呼び出されたわたしは、あのバレンタインの日のことを詫びられて、そして、彼からの、告白をうけた。
 わたしと先生の、作戦勝ちだった。あの日から、わたしと先生は、たくさんの時間を共有しながら方法を練り、かけひきや、手管を、ハリーにじっくりと仕掛けていった。先生の作戦には、ぬかりがなかった。先生が考える恋の手段は、100%の引力で、ハリーのこころを、わたしにまっすぐ、向かわせた。
 思いがかなったその日、わたしは一緒に帰ろうというハリーの申し出をことわって、化学準備室に向かった。
「わたしね、さっきハリーに告白されました」
 報告すると、先生は、まるで自分のことのようによろこんで、わたしをそっと抱きしめた。
 そのまま、わたしと、先生はもつれ合いながら、床に沈んだ。長い時間をかけて、ゆっくりとからだを重ねながら、わたしと先生は、よろこびあった。
 ハリーとつきあうことになっても、わたしたちの関係は、かわらなかった。
(せんせいは、『親友』だから)
 わたしが他の男の子に、恋をしつづけている限り、先生は、わたしのそばに、いてくれるのだ。

+++

 先生は、絶妙な指さばきで、わたしの足の中心を、こりこりとなぜた。それに合わせて、わたしの腰も、ふるふる、揺れる。それを見た先生は、頬にわずかに笑いをうかべて、からかうように、わたしをなじった。
「君、これ、本当に好きですね? そんなにお尻をふって。君は、発情期の猫ですか?」 
 興奮を極限までおさえて、わたしをいじめる甘い声。わたしが、それを好きだと知っていて、先生は、低く、みだらにささやくのだ。
「君は、ほんとにいやらしい」
 耳のなかを舐められながら、そんな風に揶揄されると、わたしの蜜が、恥ずかしいほどあふれてくる。
「いや、せんせい。そんなこと、いわないで」
 涙声で懇願すればするほど、先生はおもしろがって、ますますわたしを言葉でいじめる。指さきで、わたしがこぼす蜜をすくいながら、言う。
「こんなに漏らして。すけべな子猫ですねぇ。ほら、鳴いて」
 先生が、わたしの足の間の粒を、きゅっと中指で押し潰した。その刺激に、ひときわ高く、わたしは泣いた。
「やっ、やあぁん……」
「ほら。鳴いた。僕の、子猫。かわいい声です」
 甘くて重い、先生の声が、わたしのなかに沈んでゆく。皮膚のなかに、溶けてゆく。
 目の前に、星が走る。苦しいほどのきもちよさに、全身を鳥肌がおおう。
 わたしは、先生のワイシャツの肩先を必死でつかんで、どこか、暗い穴の底につづくような、重たい快感に、からだを落としておぼれてゆく。
「そろそろ、一度、いきたい?」
 そうささやく先生が、わたしの胸の先を、きゅっとしぼってつまみあげる。
「ああぁっ……んっ、やっ、いやっ……っ!」
 部屋に響くこの声は、ほんとにわたしの声、なのだろうか。この部屋の湿度をいっそうたかめるような、いやらしくて、高い声。それが、先生の興奮をあおったみたいだ。先生の吐息が、濃くなった。
「いやじゃないでしょ。きもちいい、でしょ?」
 耳のなかに、わずかに上ずった声を吹き込まれると、わたしの膝は、ますますとろんと、開いてしまう。先生は、そんなわたしの様子をみながら、足の真ん中の、濡れきってふくらみあがったピンクの粒を、すこしだけ強く、縦に、横にと、指のはらでこすりあげた。
 それをされると、わたしはいつも、ひとたまりもない。
「あっ、あっ、いやっ……。せんせい……っ」
 閉じたまぶたのうらに、光がともる。白、オレンジ、黄色の色がいれかわっては去ってゆく。
(あぁ、きもち、いい。いきそう)
 なのに。そこで、先生は急に、わたしをいたぶる指のうごきをとめてしまった。
(……え?)
 目の前で快感をとりあげられた驚きに、わたしは目をみひらいて、先生をみつめた。先生も、わたしをみつめた。
「ごめんね。いやだった? もしそうなら、やめます。もうしません」
 先生は、わざとらしく、残念そうな表情を作って、そう言った。
「……え……?」
「だって、今、君、いやだって、叫んでましたよ」
 先生の瞳の奥に、いじわるな光が、揺れた。それを見た瞬間、先生は、焦れて苦しむわたしを見たくて、わざとしているのだと、わかった。わたしの心の底に、先生を責める気持ちが、湧きあがる。だけど、今はそれどころではない。とにかく、先生が求める言葉、それを今すぐにでも差し出さなくては、せまる苦しさにからだがどうにかなってしまいそうだ。涙が、出てきた。
「いや、じゃない……。きもち、いい……。きもち、いいです。だから、せんせい、お願い……」
「なにを、お願い?」
「……っ!」
「言ってくれなきゃ、わかりません」
「……っ、いかせて、ください……」
 いちど、言葉を吐きだすと、あとはもうとめどがなかった。わたしは、息を吸い込むのも忘れて、先生の指に腰をすりつけながら、快感がほしいと、はしたなくねだった。
「ん。よくできました。じゃ、ごほうびだ」
 先生の、許可がおりた。安堵でふたたび、涙が出てくる。先生の指が、ふたたびわたしを、こねあげはじめた。気づけば先生の甘い舌が、わたしの口びるを蹂躙していた。そこから先は、一瞬だった。
「せんせ……。いく……。も、わたし……。いき、ます」
 わたしは先生の口のなかに、快感の言葉を吐きだしながら、奈落の底にむかって、まっさかさまに落ちていった。

 肩で息をしながら、下半身にどんよりと残る快感をたどっていると、先生が、わたしの膝をわりひらき、ゆっくり、ゆっくり入ってきた。あつくて、かたくて、とがったからだを、わたしのなかに、ねじ込んでくる。
 じんじんとしびれて、感覚を失っていたわたしの腰のあたりに、ふたたび、充実がおとずれはじめた。
 さっきとは別の種類のそのきもちよさに、めまいがする。わたしは、こくっと息を、のんだ。同じタイミングで、先生が、あえぐように声をもらす。
「んっ……」
 ふたりでいるときの先生の声は、いつだって甘いけれど。このときばかりは、格別に、甘い。わたしは、先生の声をもっともっと聞きたくて、すこし甘えた声を出した。
「……ね、せんせい」
「……ハァ……なあに?」
 先生が、わたしの額に口びるをおしつけながら、ぎりぎりの痛みをこらえているかのような声で答える。
「きもち、い?」
 わたしが聞くと、先生の全身が、ふるふると、震えた。
「……マジ、ヤバすぎ」
 このどこか生真面目な、それでいておかしないとなみの最中には、不似合いなほど、まぬけな言葉だ。
「やだ、先生、なに、それ」
 思わず、わたしがわらいを漏らすと、先生は、眉をしかめてわたしを強く、突きあげた。
「んっ、や……」
「大人をからかうと、どうなるか、わかってる?」
 苦しそうな表情でそう言いながら、先生は、わたしを見下ろし、射るような瞳でまなざしてきた。
 そしていよいよ先生は、本格的な、抜き挿しをはじめた。
 先生の首に腕をまわそうと、かすかに上体をおこしてみると、わたしの目線の少し先で、先生の腰が、うえに、したに、浮き沈みしていた。
(かわいい、うごき)
 それを目にしたとたん、胸に満ちた、甘い気持ちが不思議だった。
 先生は、両手でわたしの腰をおさえこんで、自分だけの快感を探すように、勝手にきままにうごきはじめた。その強さに、わたしの気持ちまで揺さぶられるようだった。
「んっ、は……せんせい……もっと、やさし、く」
「……セーブできない」
 そこでわたしたちの、会話は終わった。
 ごめん、と、短くあやまった先生が、わたしの腰を串刺して、くりかえしつらぬきながら、激しく揺さぶる。
 そのうちわたしは、先生の動きのなかに、自分自身で快感の波の端を、見つけだした。
 先生の、あの、先端が。わたしの、いちばん好きなところを、なんどもなんども、往復して、こする、から。今度は、さっきとは、違う快感がおとずれる。おなかの中心から、とろとろと、黄金のハチミツがふきこぼれるような、甘いイメージ。
「ああぁ、せんせい……また、くる……きちゃう……」
 せまり来る、いたいほどの快楽にとらえられて、泣きながら、甘えながら、からだを丸めて、先生にすがりついた。
「あぁ、僕も……。先生も、です。一緒に、いこう」
 背骨がきしむほどに抱きしめられて、わたしのからだがわずかほど、宙に浮いた。わたしの意識も、宙に、浮いた。
 そしてその、3秒後。先生がうっ、とか、あっ、とか、声にすらならないような小さな声をあげながら、みじかい感覚でわたしのなかに『先生』を、数度つよく、押し込んだ。先生が、快楽の果てにある体液を、わたしのなかに一滴も残さず、注ぎ込んでいるのだ。
 
「つかれました……」
 わたしのからだに体重をあずけたままで、先生はぐったりとしている。
「せんせ、制服、しわになっちゃう」
 制服はわたしのウエストあたりに、だらしなくたまっている。上半身はむき出しで、下半身はまくり上げられている状態だ。
「……うん。ごめん。でも、あと、もうすこし」
 先生は、甘えるようにそう言って、わたしの頬に口びるをつけた。興奮と、緊張が去ったあとの先生は、こちらが驚くほどに無防備になる。
 わたしのうえで安心して、しずかに呼吸をととのえはじめた先生の重みを、幸せに感じた。
(――しあわせ……?)
 わたしが黙ると、この部屋に、しばしの沈黙が、訪れた。
 わたしの足の間からは、先生の体液とわたしの体液が混じった液体が、とめどなく、あふれていた。ソファに敷かれた白衣のうえに、とろとろにじんで、しみを、つくる。音もなく。

 ――せんせい、わたしね、ハリーとは、もうわかれたよ。
 言いたいけれど、言ってはいけない。言ったが最後、この関係が、終わってしまう。
 ほどなくして、先生の指が、わたしの髪を、ゆっくり、ゆっくり梳きはじめた。
(きもち、いい)
 ――セックス、よりも?
(そう、セックス、よりも)
 そんな自問自答に、胸がざわつく。

 そこで、先生が、不意に言う。
「僕たちは、このままで、いいのかな――」

 


 
END


 
 

 

初出 200901
加筆再掲 20090512


つづき【つゆのはれま】(R18)
 

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